答案例
第1
1 甲が定期預金の払戻しを受けた行為に詐欺罪(246条1項)が成立するか。
2
(1) 「欺」く行為とは重要な事実を偽り財産的処分行為に向けて人を錯誤に陥らせる行為である。そして、この重要な事実は、錯誤がなければ処分行為をしなかったといえるほどの重要なものである必要がある。
(2) 銀行は証書を紛失した場合でも所定の手続きを踏めば預金の払戻しに応じる。また、本件定期預金の名義人は甲であるから、甲は定期預金を解約する権限がある。よって、甲が証書の紛失を偽った事実につき、銀行が錯誤に陥らなくても本件定期預金の払戻しに応じたと考えられる。よって、甲が偽った事実は重要な事実とは言えない。
(3) よって、「欺」く行為が認められない。
3 以上より、上記犯罪は成立しない。
第2
1 甲が定期預金解約により取得した500万円を借入金の返済に充てた行為に横領罪(252条1項)が成立するか。
2
(1) 甲はVから投資目的で500万円を預り、自己名義の預金に預け入れた。預金証書はVが保管していたが、甲は届出印を保管しており、甲は銀行の窓口で一定の手続きをすれば預金を引き出せる状況であった。よって、甲に法律上の占有があるので、委託信任関係に基づいた「自己の占有」がある。
(2) 民法上金銭の占有者と所有者は一致するが、民法と刑法を統一して解釈する必要はない。よって、使途を定めた金銭の所有権は寄託者に属すると解する。したがって、上記500万円の所有者はVであるといえ、「他人の財物」にあたる。
(3) 甲が上記500万円を自己の借金に充てることは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物に権限がないのに所有者でなければできない行為をする意思、すなわち不法領得の意思を発現する行為といえる。
3 よって、上記行為に上記犯罪が成立する。
第3
1 甲と乙がVに念書を作成させた行為に強盗利得罪(236条2項)の共同正犯(60条)が成立するか。
2
(1) 乙がVの喉元にナイフを突き付け、念書を作成させた行為に強盗利得罪が成立するか。
(2)
ア 上記行為は相手の反抗を抑圧する程度の有形力の行使といえる。そして、被害者の反抗抑圧状態を利用して財物を奪取する強盗罪の犯罪類型から、処分意思は不要であると解する。もっとも、処罰範囲限定のため、暴行は確実かつ具体的な財産的利益移転に向けられている必要がある。
イ 本件念書をVに書かせれば、Vの民事上の法的手続きの際にVに不利に働き、Vの請求が認められない可能性が高い。よって、Vが民事上の請求が認められないという確実かつ具体的な財産的利益移転、すなわち「財産上不法の利益を得」ることに向けた暴行が認められる。
(3) その結果、Vは念書を作成し、甲に渡したので、結果及び因果関係がある。
(4) よって、上記行為に上記犯罪が成立する。
3
(1) 上記事実に関して、上記犯罪につき甲は乙との共同正犯となるか。
(2) 共同正犯の一部実行全部責任の根拠は相互利用補充意思の下、特定の犯罪を実現する点にある。そこで、①共同実行の意思及び②共同実行の事実があれば相互利用補充関係が認められるので、共同正犯が成立すると解する。
(3) 乙が甲に対し、Vを脅して念書を作成させることを提案し、甲は了承した(①)。そして、その計画に基づいて乙は上記行為を行った。もっとも、甲は乙の提案を了承した際、Vに手を出さないことを乙に頼んでいた。しかし、乙はVの胸倉をつかんで、ナイフを突き付けた。この点につき、乙はVに怪我を負わせることはなかったので、甲との合意の範囲内と言える。また、強盗を行う際に被害者と身体的接触をすることは予想されるので、乙の行為が甲の想定外の行為とは言えない。よって、乙の行為は甲との合意の範囲内といえる(②)。
(4) よって、共同正犯となる。
第4
1 乙がVの財布から10万円を抜き取った行為に強盗罪(236条1項)が成立するか。
2
(1) 乙が10万円を抜き取る前に、乙は前述のとおりの「暴行」を行った。
(2) その結果、Vは恐怖のあまり身動きできない状態となり、乙はその状態を利用して10万円を抜き取った。よって、「強取」がある。
3 以上より上記犯罪が成立する。
4
(1) 甲は上記犯罪につき乙との共同正犯の罪責を負うか。
(2) そもそも、甲と乙に10万円の強取につき共同実行の意思が存在したかが問題となる。この点につき、甲は乙が10万円を払えとVに言った際にそれについて特に乙を止めたり、咎めたりしていない。よって、10万円を強取することは当初の計画の範囲内であると考えられる。
(3) しかし、乙の「暴行」と乙が財布から10万円を抜き取る行為の間に、甲はV方から立ち去ろうとしていた。そして、甲は、10万円を奪おうとする乙にやめるよう言った上で、乙の手を引いてV方から連れ出している。よって、連れ出した時点で甲と乙に心理的・物理的相互利用補充関係は解消されたと解する。よって、この時点で共同正犯からの離脱が認められる。
(4)
ア そうであれば、乙が10万円を抜き取る前に、甲乙間に新たな共謀が認められる場合に甲が上記行為につき共同正犯の罪責を負うと解する。
イ しかし、甲と乙にそのような新たな共謀は認められない。
(5) よって、甲は共同正犯の罪責を負わない。
第5 以上より、甲は①横領罪、②強盗利得罪の罪責を負い、②は乙との共同正犯となる。そして、これらは併合罪(45条前段)となる。乙は③強盗利得罪、④強盗罪の罪責を負い、③は甲との共同正犯となる。そして、両者は同一の被害者に対し、同一機会のものとして包括一罪となる。
解説
乙が10万円をVから強取した罪、すなわち強盗罪について、甲は帰責されないという結論は一般的に共通するだろう。しかし、それを根拠づける理論構成が難しい。
この理論構成については次の2パターンが考えられる。なお、本答案例は前者を採用している。
- 10万円の強取を甲乙の共同実行の意思の範囲内(共謀の射程内)とした上で、甲の共同正犯からの離脱を認める。さらに新たな共謀(現場共謀)がないとする。
- 10万円の強取を甲乙の共同実行の意思の範囲外(共謀の射程外)とした上で、新たな共謀(現場共謀)がないとする。
答案上は後者の方が書きやすい。それには2つの理由がある。1つ目は後者の方が分量が少なくて済むということである。すなわち、前者の場合には共同正犯からの離脱について言及する点で後者より分量が増える。
2つ目は前者の場合、甲が10万円の強取につき強盗未遂罪の罪責を負う可能性が残るということである。すなわち、乙がVに暴行を加え、反抗抑圧状態にした後に、甲が共同正犯から離脱しても、既にVが反抗抑圧状態になっている以上、実行の着手が認められ、その結果、甲は強盗未遂の罪責を負う可能性がある。
これに対し、後者であれば乙の10万円の財産移転に向けた暴行自体が共謀の射程外であるから、新たな共謀(現場共謀)がない限り甲は罪責を負わない。
また、甲と乙はV宅への住居侵入罪の共同正犯の罪責を負うが、問題文の指示によりこの罪の論述は不要である。