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刑事訴訟法

平成17年旧司法試験 刑事訴訟法論文第1問

答案例

1 Aがメモリーの内容を確認することなく携帯電話を差し押さえた行為は適法か。
(1) Aは差し押さえに係る令状発付を受けていないので原則違法である(憲法35条、218条1項)。もっとも、逮捕に伴う無令状差押え(憲法35条1項、220条1項2号)として適法とならないか。
(2) まず、差押えの物的範囲が問題となる。
ア 憲法35条1項及び220条1項が逮捕に伴う無令状差押えを認める根拠は、逮捕の現場には一般に逮捕被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性があることに加え、被逮捕者等による、かかる証拠の隠滅破壊を防ぎ、証拠を保全する必要性が高いことにある。そうであれば差し押さえることができる物は逮捕被疑事実と関連性を有する物に限られると解する。
イ これを本件についてみると、甲の被疑事実は覚せい剤譲渡であるところ、メモリー内に覚せい剤の仕入先と思われる人物からの受信メールが保存されていた。
ウ よって、本件携帯電話は被疑事実と関連性を有する。
(3) 次に、Aは甲を通常逮捕した際に、甲の持っていた携帯電話を差し押さえているので、「逮捕する場合」に「逮捕の現場」で差し押さえたといえる。
(4) もっとも、Aがメモリーの内容を確認することなく、差し押さえた行為が違法とならないか。包括的差押えの可否・限界が問題となる。
ア 前述の通り、逮捕に伴う無令状差押えができる物は逮捕被疑事実に関連する物に限られるから、被疑事実との関連性を確認せずに物を差し押さえることは原則違法である。しかし、電磁的記録は可視性・可読性がないので中身の確認には機器操作等の専門的知識が必要になるところ、捜査機関の中に常にそのような知識を有する者がいるとは限らない。また、電磁的記録は削除・加工が容易にできるので、逐一関連性を確認していればその間に被処分者等に罪証隠滅がされる可能性がある。そこで、①電磁的記録媒体に被疑事実に関連する情報が記録されている蓋然性があり、②記録内容を現場で確認していたのでは証拠隠滅をされる可能性がある場合には例外的に関連性を確認しないで差押え、いわゆる包括的差押えができると解する。
イ これを本件についてみると、甲の被疑事実は覚せい剤譲渡であるところ、譲渡するには相手方との意思疎通が必要不可欠であり、そのための方法として簡易かつ迅速な連絡手段である携帯電話を用いた電話やメールが考えられる。よって、本件携帯電話内のメモリーには被疑事実に関連する情報が記録されている蓋然性があった(①)。
また、本件携帯電話はボタン操作でデータを消去できる。また、本件携帯電話は甲の所有のものであるから、甲は被疑事実に関連する情報の保存場所を把握しており、記録内容を確認している最中に証拠隠滅をされる可能性がある(②)。 
ウ よって、包括的差押えが許容される。
(5) 以上より、上記行為は適法である。
2 Aが無令状でメモリー内容を精査した行為は、「押収物」の内容確認として必要性があり、メモリー内容を多数の捜査員にみせる等の行為より穏当な方法であるから相当性がある。よって、「必要な処分」といえ(222条1項、111条2項)、適法である。
3 Aが乙を誤認させ、覚せい剤を差し出させた行為は適法か。
(1) まず、上記行為は「強制の処分」(197条1項ただし書)にあたるか。「強制の処分」の意義が問題となる。
ア 科学捜査が発達した現代においては、捜査によって容易に人権侵害がなされうるから、「強制の処分」か否かは被処分者の侵害態様を基準に判断すべきである。もっとも、過度な捜査規制は科学捜査に基づく捜査の実効性を害する。そこで、「強制の処分」とは、相手方の明示又は黙示の意思に反して、重要な権利・利益の制約を伴う処分をいうと解する。
イ これを本件についてみると、確かにAは自己の身分や意図を秘して相手方に犯罪を実行することを持ち掛けているが、乙は自己の意思でこれに応じて犯罪を実行している。よって、上記行為は乙の意思に反しておらず、乙の権利・利益の制約を伴うものではない。
ウ よって、強制処分(197条1項)にあたらず、任意捜査といえる。
(2)  次に、上記行為は任意捜査として許容されるか。
ア 任意捜査といえども無制約に許されるわけではなく、捜査比例の原則(197条1項)の見地から、必要かつ相当と認められる限度で許される。
イ これを本件についてみると、覚せい剤は証拠隠滅が容易なものであるから、捜査員である旨を告げれば証拠隠滅されて乙を検挙することが困難となる。また、覚せい剤所持は直接の被害者がいないので、所持者本人に犯罪行為を実行させなければ捜査の手掛かりが掴みにくい。よって、上記手法を用いる必要性が高い。
また、上記行為は、Aが乙の犯罪行為を誘発したものでなく、甲乙間で既になされた覚せい剤売買の約束を利用してなされたものである。よって、相当な行為といえる。 
ウ 以上より、上記行為は任意捜査として許容される。
(3) よって、上記行為は適法である。
4 そして、乙は覚せい剤をAに差し出したので、覚せい剤所持につき、「現に罪を行」ったので、Aは乙を現行犯逮捕できる(212条1項)よって、乙の現行犯逮捕は適法である。

解説

設問前段

逮捕に伴う無令状差押えが許されるには、差押え対象物と逮捕被疑事実との関連性が必要である。

本件では携帯電話のメモリー内のメールに、覚せい剤売買の約束に関する記載があるので、甲の逮捕被疑事実と携帯電話の関連性が認められ、携帯電話の差押えが許される。

なお、かかる関連性の論述に際しては、「メモリー内に覚せい剤の仕入先と思われる人物からの受信メールが保存されていた」旨を論述する。すなわち、「実際の事実」と「被疑事実」との関連性を論述する。

これに対し、メモリーの内容を確認しないで差し押さえた行為、すなわち包括的差押えが許されるには、①電磁的記録媒体に被疑事実に関連する情報が記録されている蓋然性及び②証拠隠滅の可能性が必要である。

そして、本問で①を検討する際は、「携帯電話に被疑事実に関する情報が存在する蓋然性」を論述する必要がある。すなわち、「メモリー内に覚せい剤の仕入先と思われる人物からの受信メールが保存されていた」という「実際の事実」ではなく、一般論として、覚せい剤被疑者の携帯電話に覚せい剤犯罪に関連する情報がある理由を論述する。

設問後段

Aが乙に対して行った行為はおとり捜査といえるか。

おとり捜査とは捜査機関がその身分や意図を秘して相手方に犯罪を実行することを持ち掛け、相手方がこれに応じて犯罪を実行したところで逮捕し検挙することである。

これを本件についてみると、Aが乙に対して行為を行う前に、既に甲乙間で覚せい剤売買の約束がなされていた。そうであれば、Aが乙の犯罪を誘発したとはいえない。また、乙がAに覚せい剤を差し出した場所は、甲乙で予め約束していた待ち合わせ場所である。そうであれば、Aが乙に犯罪を行う機会を提供したともいえない。

よって、Aが乙に行った行為はおとり捜査にはあたらない。

そのため、本問ではおとり捜査の可否・限界について論述するのではなく、Aの行為がⅰ強制処分にあたるか、ⅱ強制処分にあたらないとして、任意処分として許容されるかを論述することになる。もっとも、このようにして論述した場合と、おとり捜査で論述した場合では論述内容はさほどかわらないであろう。

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