答案例
第1 設問1
1 甲は「現行犯人」(212条1項)にあたるか。
(1) そもそも令状主義(憲法33条、刑訴法199条1項本文)の例外として現行犯逮捕が認められる根拠は、犯罪と犯人の明白であるから誤認逮捕の恐れが少ないことにある。そこで、現行犯逮捕は①逮捕者にとって犯罪及び犯人が明白であり、かつ②現行性または時間的場所的近接性がある場合に認められると解する。
(2) これを本件についてみると、警察官(以下、「K」という。)は甲の犯行を現認していないが、甲は犯行の目撃者であるWの証言に基づく犯人の特徴を有していた。さらに甲は犯行を認めた。よって、目撃者たるWの証言等の事情から、逮捕者Kが合理的に判断して、Kにとって犯罪及び犯人が明白であるといえる(①充足)。
しかし、甲を逮捕したのは犯行から約30分後、かつ犯行現場から約2キロメートル離れた路上であるので、時間的場所的近接性はない(②不充足)。
(3) よって、甲は「現行犯人」にあたらない。
2 そうだとしても、準現行犯人(212条2項)にあたるか。
(1) Wは「待て。」と言いながら犯人を追跡したが、見失った。よって、甲は212条2項1号に該当しない。また、同項2号ないし4号に該当する事実もない。
(2) よって、甲は「準現行犯人」にあたらない。
3 以上より、本件現行犯逮捕は違法である。
第2 設問2小問1
1 本件公訴事実は「共謀の上」とするのみで、その具体的事実を記載していない。そこで、訴因が特定(256条3項)されていないのではないか。
2 当事者主義的訴訟構造(256条6項、298条1項、312条1項等)の下では、審判対象は検察官が主張する具体的犯罪事実たる訴因である。そして、訴因を特定する趣旨は裁判所の審判対象を画定する(識別機能)とともに、被告人の防御の範囲を示す(告知機能)ことにある。そして、訴因が他の犯罪事実と識別されていれば、いかなる犯罪事実について防御すべきかが明確になるから識別機能と告知機能いずれも働いているといえる。よって、識別機能が訴因の第一次的機能であると解する。そこで、訴因が特定されているといえるのは、①被告人の行為につき、特定の構成要件に該当するか否かを判断するに足りる程度に具体的事実を明示し、かつ②他の犯罪事実と識別できる場合である。
3 これを本件についてみると、本件公訴事実では甲の殺人の実行行為につき日時・場所・方法が具体的に記載されてあるので、「共謀の上」の記載のあいまって乙の行為につき殺人罪の構成要件に該当するか否かを判断するに足りる程度の特定がされ(①)、かつ他の犯罪事実と識別ができる(②)。
4 よって、本件公訴事実は訴因の記載として罪となるべき事実を特定している。
第3 設問2小問2
1 訴因が不特定の場合、そのままでは公訴棄却判決(338条4号)をすることになるので、裁判長は求釈明(規則208条1項)をするべきである。そして、裁判長の求釈明の対象が訴因の特定に不可欠な事項であれば、釈明事項は訴因の内容になると解する。
2 これを本件についてみると、検察官の釈明事項は上記のとおり訴因の特定に不可欠な事項ではない。
3 よって、本件釈明事項は訴因の内容とならない。
第4 設問2小問3
1 裁判所は共謀の日時につき検察官の釈明と異なる事実認定をしているが、上記のとおり共謀の日時は訴因の内容とならないので、訴因変更手続き(312条1項)は不要である。もっとも、かかる事実認定が争点逸脱認定として許されない(379条)のではないか。
2 訴因は被告人の防御の外枠を確定するものであるが、争点は訴因の中の、被告人の防御を実質的に保障するものである。そこで、争点となっていない事実を認定する場合、期日間整理手続(316条の28)や任意的訴因変更手続きなどの争点顕在化措置を経ることで、被告人への不意打ちを防ぎ、防御権を保障する必要がある。そして、かかる手続きを経ることなく争点となっていない事実認定をすることは争点逸脱認定として、適切な訴訟指揮(294条)を欠き違法となると解する。
3 これを本件についてみると、検察官が釈明した共謀の具体的事実は本件の争点であり、乙の公判における当事者の主張・立証もかかる釈明を前提にしていた。そうであれば乙は「平成29年5月18日」に甲と謀議をしていないことの立証のために全力を尽くしているから、かかる日付と異なる謀議を裁判所が認定することは乙にとって不意打ちとなる。しかし、本件では争点顕在化措置が経られていない。
4 よって、設問の判決をすることは争点逸脱認定であるから違法であり、許されない。
解説
設問2小問1において、識別説に立ち、公訴事実で「共謀の上」とだけ記載しても、罪となるべき事実が特定されていると論述した場合、設問2小問3は訴因変更の要否の問題にはならない。
これに対し、設問2小問1において、防御説に立ち、公訴事実の「共謀の上」の記載では罪となるべき事実が特定されていないと論述した場合、設問2小問3はいわゆる訴因変更の要否の問題になる。
本答案例は前者で論述している。
また、仮に本問の公訴事実中に「共謀の日付」が記載されてあれば、設問2小問3は訴因変更の要否の問題となる。かかる場合には訴因変更の要否に関する判例(最決平成13年4月11日)の判断枠組みで論述する。
これに関して識別説に立ち、具体的に検討すると
まず、公訴事実中の「共謀の日付」は罪となるべき事実の特定に必要なものではない。
次に、「共謀の日付」は訴因で明示されており、一般に被告人の防御にとって重要な事項である。よって、訴因変更が原則必要となる。
また、「共謀の日付」につき、公訴事実記載の日付と異なる日付を認定することは被告人に不意打ちを与えるものである。(なお、かかる認定が被告人にとって不利益か否かは本事案では判断できない。)
よって、訴因変更が不要となる例外にはあたらない。