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民事訴訟法

二段の推定(書証)

証拠力

民事訴訟においては事実認定は原則証拠に基づいて行われる(民訴法247条)。そして、証拠には事実認定をする上で非力なものから強力なものまである。

例えば、AからBに金銭交付があったという事実を立証する場合、AからBの預金口座への振込明細書は、B名義の領収書よりも強力な証拠といえる。このような証拠の強弱、すなわち証拠が事実認定に役立つ程度を「証拠力」と呼ぶ。

自由心証主義

民事訴訟では証拠力の判断は個々の裁判官に委ねられている。このような制度を自由心証主義(民訴法247条)という。

法定証拠主義

また、自由心証主義を制約するものとして、法定証拠主義がある。法定証拠主義とは、事実認定を、法律に規定された証拠によって行う制度である。

法定証拠主義においては、「いかなる事実をいかなる証拠で認定すべきか」が予め法律で定められている。

例えば次の法律が存在すると仮定する。

「売買契約書があれば、売買契約締結の事実を認定する。」

この場合、売買契約書を証拠として提出すれば、売買契約締結の事実が認定される。

推定

推定とはあるもの(b)から、ある別のもの(a)を推認することである。推定には「事実上の推定」と「法律上の推定」がある。

経験則

推定は経験則に基づいて行われる。経験則とは経験に基づく知識である。

経験則には例えば、「売買契約書があれば、売買契約が締結された可能性が高い。」というものがある。

事実上の推定

事実上の推定とは、自由心証主義(民訴法247条)の下で裁判官が経験則を基に行う推定である。

例えば「甲乙間の売買契約締結の事実」(a)の存在を立証するため、「甲乙間の売買契約書」(b)を証拠として提出する場合である。

つまり、先に紹介した「売買契約書があれば、売買契約が締結された可能性が高い。」という経験則の適用過程は事実上の推定といえる。

法律上の推定

法律上の推定とは法律を適用して行われる推定である。この法律上の推定で適用される法律では経験則が規定されてある。

そして、法律上の推定には「法律上の事実推定」と「法律上の権利推定」がある。

法律上の事実推定

法律上の事実推定とは、ある「事実」を推認するために、法律を適用することである。

法律上の事実推定の例には民法186条2項がある。

(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

「ある時点」と、「ある時点」における占有の事実を主張・立証することで、同項により、「ある時点からある時点までの間」占有が継続したという「事実」が推定される。

法律上の権利推定

法律上の権利推定とは、ある「権利」を推認するために、法律を適用することである。

法律上の権利推定の例には民法229条がある。

(境界標等の共有の推定)
第二百二十九条 境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。

境界線上に境界標を設けたことを主張・立証することで、同条により、その境界標が相隣者の共有であるという「権利」関係が推定される。

相違点

法律上の推定がなされると、立証責任が転換される。これに対し、事実上の推定がなされても立証責任は転換されない。

※立証責任の転換についての説明はここでは割愛する。

書証

書証とは文書の証拠調べを指す。書証ではあらゆる文書を証拠調べするわけではなく、その対象となる文書は最低限の証拠力がある文書に限られる。そして、「最低限の証拠力がある文書である」とは「文書に形式的証拠力がある」ことを意味する。

そのため、書証では、まず形式的証拠力を判断し、それが認められれば次に実質的証拠力を判断するという過程を経る。

形式的証拠力

形式的証拠力が認められるには、次の要件を満たす必要がある。

  1. 特定の人の意思に基づいて作成されたこと。
  2. 特定の人の思想内容を表現していること。

文書を証拠として提出した者は、文書が誰によって作成されたかを主張する。そして、「作成者として名前が挙げられた者でない者」が作成した文書は上記1の要件を満たさず、形式的証拠力はない。

また、「作成者として名前が挙げられた者」が作成した文書でも、例えばその文書が字を書く練習のために書かれていれば上記2の要件を満たさず、形式的証拠力はない。

実質的証拠力

実質的証拠力とは文書の証拠力を指す。

文書の成立

ところで、民事訴訟法228条は文書の成立について規定している。

(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。

同条1項の「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。」とは、「文書に形式的証拠力があることを証明しなければならない。」という意味である。

もっとも、文書の形式的証拠力を証明することは容易ではない。そこで、公文書につき同条2項で、私文書につき同条4項で形式的証拠力の証明の負担を軽減する規定が置かれている。

なお、公文書とは公務員がその権限に基づいて作成した文書を指し、私文書とは公文書以外の文書を指す。

二段の推定

二段の推定とは押印のある私文書における形式的証拠力の判断過程である。

二段の推定は押印のある私文書における判断過程であるから、公文書では問題とならない。また、私文書であっても署名がなされたものでは問題とならない。

一段目の推定

二段の推定における一段目の推定は二段目の推定を行う前提として行われる。

ところで、民事訴訟法228条4項は私文書の形式的証拠力についての規定であるが、同項の「押印」とは「意思に基づく押印」と解されている。そのため、同項の適用を受けるには、私文書に「意思に基づく押印」がなされたことを立証する必要がある。しかし、「意思に基づく押印」を立証することは、押印者の内面(主観的要素)を立証することを意味するので、容易ではない。

そこで、一段目の推定を利用する。すなわち、私文書の押印の印影と、ある者のハンコの印影が同じであれば、かかる押印はその者の「意思に基づく押印」であると事実上推定される。なぜこのような推定がなしうるかといえば、日本では自己のハンコをみだりに他人に貸すことはないという経験則があるからである。

この事実上の推定が一段目の推定である。

二段目の推定

二段目の推定とは民事訴訟法228条4項の適用過程である。すなわち、一段目の推定に成功し、「意思に基づく押印」であると認められれば同項により文書が真正に成立したと推定される。前述の通り、文書が真正に成立したとは、文書に形式的証拠力があることを意味する。

また、同項には「推定する」という文言があるので、同項は一見法律上の推定とも思える。

しかし、同項の適用は法律上の推定ではなく、法定証拠主義の適用場面であると解されている。すなわち、同項は、私文書に形式的証拠力があることの立証(=私文書の真正成立の立証)の負担を軽減するため、かかる立証のための証拠として、「意思に基づく押印」を定めていると解されている。

そして、同項は法律上の推定ではないので、同項の要件を満たしても立証責任は転換されない。

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