答案例
第1 設問1
1 Xは本件解雇が無効であることを理由にY社の労働者たる地位の確認請求及び解雇から現在までの賃金の支払いを求める(民法536条2項前段)。そこで、本件解雇事由は本件就業規則32条の要件を充足するか。
(1) 本件就業規則32条2号につき、Xはささいなミスや客からクレームを受けていた。しかし、Xの業務は接客係であるから、同時に複数の注文を聞いたり、複数人の対応に追われたりする業務である。そうであればささいなミスはつきものである。また、接客係は店舗のクレームを受け付ける役割を担っており、Xへのクレームが必ずしもXに起因するものとはいえない。さらに、Xの成績評価は低下していたところ、XがPに納得できない旨を告げても成績評価低下の理由は告げられていない。そうであればXは成績評価向上のための自助努力をする機会を与えられていない。よって、「改善の見込み」がないとはいえない。したがって、同号に該当する事情はない。
(2) 同条4号につき、Xはミーティングにおいて大声で叫び文書を破り捨てている。この行為は同僚に対し不信感の与える行為である。そして、飲食店という労働者が有機的に一体となって業務を行う場所において労働者の適格性が疑われる行為である。しかし、かかる行為はPがXに対し、全員の前で文書にサインさせるという屈辱的な行為に起因するものである。Pは店長として職場の人間関係に配慮すべき立場にもかかわらずかかる行為をおこなっており、Xの行為はPの帰責性に基づいてなされたといえる。よって、同号に該当する事情はない。
(3) また、同条7号に該当する事情はない。
(4) よって、本件解雇は根拠なきものであるから、無効である。
2 仮にXに本件就業規則に基づく解雇事由が存在しても、前述の事情に照らせば本件解雇には合理的な理由を欠く。また、Xに改善の機会を提供せずに解雇することは社会通念上相当ともいえない。よって、解雇権の濫用にあたり無効(労契法16条)である。
3 また、本件解雇につきXに帰責性はないので、解雇予告または予告手当が必要である。そして解雇予告義務違反の解雇は即時解雇の効力は生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後30日を経過するか、通知後に予告手当の支払いをしたときは有効であると解する。よって、Xは予備的に解雇予告義務違反に基づく30日分の未払賃金の支払いをすべきである。
第2 設問2
1 Y社はXの経歴詐称を理由に就業規則40条1号に基づき懲戒解雇権を行使することが考えられる。
2 そもそもY社が就業規則32条に基づく本件解雇の解雇事由に、経歴詐称による懲戒事由を追加できるか。
(1) かかる追加は当初の解雇事由と追加事由が密接に関係する特段の事情がない限り許されないと解する。
(2) これを本件についてみると、当初の解雇は普通解雇であるのに対し、追加される解雇事由は懲戒解雇に関するものである。また、当初の解雇事由と、追加される解雇事由には時系列に大きな乖離がある。よって、関連性がない。
(3) 以上より、追加できない。
3 では、本件懲戒解雇が許されるか。Xは専門学校を中退しているにもかかわらず、卒業したと詐称しているので、「重要な経歴を詐称」(就業規則40条1号)したといえる。そうだとしても、かかる解雇は労基法15条により無効とならないか。
(1) 一般に専門学校を卒業したか、中退したかは本人の忍耐力をはかる上で重要な要素である。また、Y社は飲食店と娯楽施設を経営しており、中途採用においては接遇面での即戦力を期待していると考えられる。そして、Xがホテル専門学校という、接遇面が訓練されると考えられ、Y社の事業と親和性のある学校を卒業したという事実は、Y社の採用判断時の重要な要素であったといえる。よって、本件懲戒解雇には合理的な理由がある。
(2) また、経歴詐称はそれ自体が背信性の高い行為であるうえ、今後経歴が改善されることはない。よって、Y社は解雇以外に妥当な解決策がないので、社会通念上相当であるといえる。
(3) 以上より、本件懲戒解雇は労基法15条に反しない。