答案例
第1 設問1
1 Y社の手続きは商法等改正法附則(以下、「附則」という。)5条1項及び会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下、「承継法」という。)7条に違反し、Y社からZ社への労働契約承継(以下、「本件承継」という。)は無効とならないか。
(1) 附則5条1項の趣旨は、労働契約の承継が労働者の地位に重大な影響を及ぼすことに鑑み、分割会社に労働承継を決定するに先立ち、個々の労働者と協議をさせ、労働者の意向を踏まえて承継の判断をさせる点にある。また、承継法3条により、一定の労働者の労働契約は分割の効力が生じた日に承継され、かかる労働者はこれに異議を述べることはできない。そして、上記の趣旨からすると、承継法3条は、附則5条の協議がなされ、労働者の保護が図られていることが前提の規定であると解される。そうであれば附則5条1項の協議が不十分で上記趣旨に反する事情があれば労働契約承継は無効であると解する。また、承継法7条は努力義務であるから、同条違反が直ちに労働契約承継に影響を及ぼすことはないが、附則5条1項違反の考慮要素にはなると解する。
(2) これを本件についてみると、本件説明会では承継対象全員を対象として、業務内容や労働条件などが説明されている。しかし、X1らの勤務場所や勤務時間などの労働者にとって日常生活にかかわる重要な事項の質問に対して、Y社は個別事情は各個人に説明することを理由に回答していない。また、X1らの使用者となるZ社の経営の見通しはX1らの今後の契約相手に関する重要な情報であるにも関わらず、Y社は説明していない。よって、附則5条1項の趣旨を全うする姿勢が見られない。さらに、Y社は、多くの従業員が加入するC組合の協議の申し入れを拒否したので、労働者の理解を得る姿勢が見られず、承継法7条違反である。
(3) したがって、Y社は附則5条1項の協議が不十分であり、同項の趣旨に反する。
2 以上より、本件承継は無効である。
第2 設問2
1 X2は本件就業規則の改訂(以下、「本件改訂」という。)が無効であることを理由に、本件請求をする。そこで、本件同意書にかかる同意(以下、「本件同意」という。)は有効か。就業規則の不利益変更にかかる労働者の同意の効果が問題となる。
(1) 就業規則の不利益変更は労使間の個別の合意でできると解する(労契法8条、9条参照)。もっとも、賃金や退職金に関する事項の変更は労働者にとって重大な事項である反面、労働者は使用者の指揮命令下に置かれ、合意の判断の基礎とすべき資料収集に限界がある。そのため、かかる事項の合意の有効性は慎重に検討すべきである。そこでかかる事項の合意の有効性は、労働者の合意の事実だけでなく、労働者の不利益の程度、合意の過程、労働者への情報提供などの事情に照らし、合意が自由な意思に基づくものであること認める合理的な理由が客観的に存在するかという点も考慮して判断すべきである。
(2) これを本件についてみると、本件改訂によりX2の退職金は従前のものを大きく下回るから、X2の不利益は大きい。また、Y社は基本給や退職金の変更に関する事項の説明会を行っているが、わずか2回にとどまり、本件同意書は1回目の終了後に労働者に要求され、2回目に提出されている。そうであればY社は本件同意書を早急に徴収することに重点を置き、説明会はそのための手段ともみえる。さらに、Y社は1回目でX1らから出された質問に対し、個別に示すと説明し、先に改定を了解してもらうよう述べたので、労働者に十分な説明がなされていない。
(3) よって、上記合理的な理由が客観的に存在しないので、本件同意は無効である。
2 そうだとしても、労契法10条によりX2に本件改訂の効力が及ばないか。
(1) Y社は改訂就業規則を各課室に備え置き、労働者が知り得る状況にしているので、「周知」させている。
(2) 改訂就業規則は「合理的」といえるか。
ア 改訂の理由は賃金・退職金をZ社の水準に合わせるためである。X1らと従前からのZ社の社員の水準が異なれば会社内部で不公平感が漂い、勤労意欲の低下をもたらすおそれがある。また、水準を合わせないことは従前の社員を差別することになりうる。そうであれば本件改訂は変更の必要性がある。さらに、退職金の減額分は基本給の5年分の増加分でまかなえる仕組みをとっているので、X1らに配慮している。そうであれば内容の相当性がある。しかし、前述のとおり、改訂就業規則はX1にとって不利益が大きい。それにもかかわらず、Y社は2回の説明会のみ行い、前述の方法で本件同意書を取得している。そのため、X1らと真摯に向き合って改訂を行ったとはいえない。
イ よって、「合理的」とはいえない。
(3) 以上より、本件改訂は効力を生じない。
3 よって、X2の本件請求は認められる。