条文
(虚偽告訴等)
第百七十二条 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、三月以上十年以下の懲役に処する。
概要
犯罪被害にあった場合、被害者は警察に相談し、犯罪捜査を促す権利がある。警察は被害があったという相談を受ければ捜査をする。
しかし、このような警察の役割を利用して、嘘の犯罪事実をでっちあげ他人を陥れようとする者が現れる。そこで、このような者を罰するために本罪がある。
よって、本罪が守ろうとしている利益すなわち保護法益は個人の私生活の平穏である。
また、虚偽の犯罪事実の申告により捜査機関は冤罪の発生を誘発されたり、無駄な捜査に時間を費やされたりする恐れがある。よって、適正な捜査という国家の法益の保護も目的としている。
構成要件
「虚偽」
「虚偽」とは客観的真実に反することをいうと解されている。つまり、虚の犯罪を言ったつもりで、警察に犯罪事実を説明したが、実際にその犯罪が存在した場合、本罪には問われない。
逆に、真実だと思って、警察に犯罪事実を説明したが、実際はそのような犯罪はなかったという場合は、本罪の客観的構成要件に該当するが、故意がないので、本罪には問われない。
「告訴」
告訴とは、捜査機関に対し、犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求めることである。告訴ができる者は法律で定められている。告訴ができる者の代表例は被害者である(刑事訴訟法230条)。
「告発」
告発とは、告訴権者以外の者が、捜査機関に対し、犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求めることである。
「その他の申告」
その他の申告とは、告訴・告発以外の方法で処罰・懲戒を求めることである。
虚偽告訴される者の同意
虚偽の告訴をされる人の同意を得た上で、虚偽の告訴をした場合にも本罪に問われる。なぜなら、本罪は適正な捜査という国家の法益を保護する目的があるからである。
目的犯
本罪が成立するには、虚偽の申告をした者が、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」を有していることが必要である(目的犯)。
「人」
虚偽告訴罪における「人」とは、虚偽告訴をした者以外を指すと解されている。よって、自分がある犯罪の犯人である嘘の告訴をしても本罪には問われない。もっとも、この場合は捜査機関に対する偽計業務妨害罪(刑法233条)に問われる可能性がある。
「刑事又は懲戒の処分」
刑事の処分には、刑罰(懲役・罰金など)だけでなく、少年法の保護処分なども含む。
懲戒の処分には、弁護士などに対する懲戒処分がある。
未必的な認識
虚偽の告訴による目的については、明確な認識だけでなく、未必的な認識があれば、目的があると解される。
明確な認識:ある人を逮捕させようと思って警察に虚を言った。
未必的な認識:ある人が逮捕されるかもしれないが、それでもいいと思って警察に嘘を言った。
認識なし:誰も逮捕させるつもりはなく、警察に嘘を言った。
上記の上2つの例に該当すれば虚偽告訴罪の目的があるとされる。
※厳密にいえば、「逮捕させるつもり」ではなく、「刑事処分を受けさせるつもり」
※なお、主観的構成要件の故意の問題に関して、申告内容が虚偽であることについても、未必的な認識があれば本罪は成立する。
共犯
例えば、痴漢被害をでっちあげるために、複数人で協力しあった場合、共謀共同正犯が成立し、虚偽の告訴を実際にしていない者も本罪に問われる可能性がある。具体的には、片方が痴漢被害者役を、もう片方が目撃者役を演じ、被害者役が虚偽の告訴をした場合、目撃者役も本罪に問われる可能性がある。
自白による減免
虚偽の告訴をした者が、裁判が確定する前又は懲戒処分がされる前に自白した場合、刑が減刑又は免除されることがある(刑法173条)。
民事上の責任
虚偽告訴罪が仮に成立しなくても、別に民事上の不法行為責任(民法709条)を追及される可能性がある。つまり、「犯罪が成立するか否か」ということと、「民法上の不法行為に該当するか否か」は別次元の話である。
もっとも、虚偽の事実を警察に申告した場合でも、警察に真実を話せば民事上の不法行為責任において有利に働く可能性がある。
よって、虚偽の事実を警察に申告した者は、虚偽告訴罪に該当しない場合でも、きちんと嘘を認めて警察に真実を申告することが重要である。