答案例
第1 小問1
1 (1)の「本件売買契約を締結した」の主張は裁判上の自白にあたるか。
ア 裁判上の自白とは、口頭弁論期日又は弁論準備手続期日における、相手方の主張と一致する自己の不利益な事実の陳述をいう。そして、裁判所は当事者に争いのない事実をそのまま判決の基礎としなければならない(弁論主義の第2テーゼ)。ところで、弁論主義の根拠は当事者の意思の尊重、機能は不意打ち防止にある。そうであれば自白は訴訟の勝敗を決する法律効果の判断に直接必要な具体的事実(主要事実)に及ぼせば十分である。また、証拠と同様の働きを有する、主要事実の存否を推認する事実(間接事実)及び証拠の証明力に影響を与える事実(補助事実)に弁論主義を適用すると自由心証主義(247条)を害する。よって、裁判上の自白は主要事実のみに及ぶと解する。また、基準の明確性の要請から、「自己に不利益な事実」とは相手方が立証責任を負う事実をいうと解する。さらに、基準の明確性及び当事者の公平性の要請から、立証責任は実体法を基準として判断すべきである。そこで、ある法律効果を主張する者がかかる法律要件の立証責任を負うと解する。
イ これを本件についてみると、Xは本件売買契約に基づく代金債権を請求しているから、主要事実たる本件売買契約の締結の事実の立証責任を負うところ、Yは本件売買契約締結の事実を認めている。
ウ よって、上記主張は裁判上の自白である。
2 また、「錯誤により無効である」の主張は抗弁にあたるか。
ア 相手方の主張を排斥する主張には否認と抗弁がある。まず、否認は相手方の主張と両立せず、かつ否認の対象の事実は相手方が立証責任を負うものである。次に、抗弁は相手方の主張と両立し、かつ抗弁の対象の事実は自己が立証責任を負うものである。そして、立証責任の対象は前述の通りである。
イ これを本件についてみると、錯誤無効の主張は本件売買契約締結の事実と両立する。そして、Yは錯誤無効による本件売買契約の無効という法律効果と主張するから、Yが錯誤の事実の立証責任を負う。
ウ よって、上記主張は抗弁である。
3 (2)の主張は否認にあたるか。
ア 前述の基準で検討する。
イ (2)の主張は、Xの主張と本件売買締結の当事者が異なるので、Xの主張と両立しない。また前述の通りXは本件売買契約締結の事実につき立証責任を負う。また、Yは否認の理由として、本件売買契約締結の相手方がZであるからだと主張している。
ウ よって、上記主張は理由付き否認である。
4 (1)と(2)の主張は両立しない事実の主張である。そのため、(2)の主張により(1)の主張は黙示的に撤回されたといえる。そこで、(2)の主張は自白の撤回にあたり、許されないのではないか。
ア 裁判上の自白により不要証となる(179条)という、自白の相手方の利益保護のため、自白の撤回は原則許されない。もっとも、刑事上罰すべき他人の行為によりなした場合(338条1項5号参照)、自白の相手方の同意がある場合、自白が真実でなく、かつ錯誤によりなされた場合には例外的に自白の撤回が許されると解する。
イ これを本件についてみると、上記いずれの事情もない。
ウ よって、(2)の主張は自白の撤回にあたり、許されない。
第2 小問2
1 Zの後訴の主張は前訴と矛盾するものであるところ、かかる主張は許されるか。
ア a当事者に矛盾する主張があり、b相手方がこれを信頼して法的地位を形成し、c矛盾した主張を認めると先行行為を信頼した相手方の利益を不当に害する場合には、かかる主張は禁反言の原則(2条参照)に反し、排斥すべきであると解する。
イ これを本件についてみると、
(ア) 後訴の当事者はZであるが、その訴訟行為は代表取締役たるYが行っているので、前訴と後訴の当事者は実質的に同一である(a)。また、訴えの取り下げにより前訴のYの主張は消滅する(262条1項)。しかし、訴えの取下げは相手方が口頭弁論をした後は、相手方の同意が必要であるところ、Xの前訴の取下げにつきYは同意をしていると考えられる。そして、かかる取下げの契機がYの本件主張にある。それにもかかわらず、後訴で契機となった主張と相反する主張をすることは矛盾行動といえる(a)。
(イ) XはYの主張を信頼して、前訴を取り下げ、後訴を提起している(b)。
(ウ) Yの主張を認めればXが前訴を取り下げたことが無に帰する(c)。
ウ よって、禁反言の原則に反する。
2 以上より、裁判所はZの主張を排斥すべきである。