答案例1
第1 乙の罪責
1 乙が甲と共にAを殴りつけた行為(第一行為)と、丙と共にAを殴打した行為(第二行為)に傷害致死罪(205条)の共同正犯(60条)が成立するか。
2
(1) 共謀は順次行われた場合も認められると解する。
(2) 乙は第一行為時に甲から「一緒に反撃しよう」と言われて、了承したので甲との共謀がある。また、第二行為時に丙が乙の殴打行為に加勢していたことを認識したうえ、丙の行為をとめることなく、殴打行為を継続しているので黙示の現場共謀があったといえる。
(3) よって、乙甲丙に順次共謀が認められる。
3 第一行為及び第二行為は人体の枢要部であるAの頭部を、頭部より硬い木の棒で殴りつけているいので、Aの生理的機能を害する恐れがある。よって、傷害罪の構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、実行行為がある。
4 Aはその結果脳損傷により死亡したので結果及び因果関係が認められる。
5
(1) 乙にはAに対する傷害の故意は認められるが、死亡結果に対して過失はない。そこで、傷害致死罪が成立する場合に死亡結果への過失は必要か。
(2) 基本犯たる傷害の行為において、死亡という重い結果を生じさせる類型的で高度な危険がある。よって、加重結果に過失は不要であると解する。
(3) よって、乙に上記行為の故意が認められる。
6
(1) 乙に正当防衛(36条1項)が認められるか。
(2)
ア Aは乙に殴りかかっていたので、法益侵害が現に発生したといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。
イ 乙には「自己の」身体という「権利」に対する侵害があった。
ウ 乙はAの侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態であった。よって、乙の行為は「防衛するため」にした行為と言える。
エ しかし、乙はAの素手の攻撃に対し、木の棒で殴りつけている。そして、Aが路上に倒れ込んだ後も引き続き木の棒で多数回殴りつけている。Aが倒れた時点で逃げ、警察に通報することが可能であるから、Aの行為は相当性に欠ける。
(3) 以上より正当防衛は成立しない。
7 以上より乙は傷害致死罪の罪責を負い、後述の通り甲丙と傷害罪の限度で共同正犯となる。また、乙の刑は減免しうる(36条2項)。
第2 甲の罪責
1 第一行為及び第二行為につき甲に傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2 前述の通り、共謀、実行行為、結果、因果関係、故意が認められる。
3
(1) 甲に正当防衛(36条1項)が認められるか。
(2)
ア 前述と同じく「急迫不正の侵害」がある。
イ 甲には「自己の」身体という「権利」に対する侵害があった。
ウ しかし、甲は「この機会を利用してAに怪我を負わせてやろう」と考えていたので、Aに対する積極的加害意思が認められる。よって、「防衛するため」とはいえない。
(3) 以上より正当防衛は成立しない。
4 以上より甲は傷害致死罪の罪責を負い、後述の通り乙丙と傷害罪の限度で共同正犯となる。なお、過剰防衛(36条2項)は「防衛するため」という要件が認められることが前提である。よって、甲には過剰防衛は認められない。また、過剰防衛の任意的減免の根拠は責任減少にあると解され、責任は個別に判断すべきである。よって、乙の過剰防衛による刑の減免の効果は甲に及ばない。
第3 丙の罪責
1 第一行為及び第二行為につき丙に傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2 前述の通り共謀、実行行為、結果、傷害結果への因果関係、故意は認められる。
3
(1) 丙にAの死亡結果を帰責させるには第一行為の結果を丙にも帰責させる必要がある。そこで、第一行為からの承継的共同正犯が成立するか。
(2) 共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、共犯者が相互に相手の行為を利用補充して犯罪を行う点にある。そこで、承継的共同正犯が成立するには、共謀後の後行者が先行者の行為及び結果を自己の犯罪の手段として利用する意思の下、先行者に加担し、その手段として利用すること、すなわち相互利用補充関係が認められることが必要であると解する。
(3) 丙が第一行為を自己の犯罪手段として利用した事実はない。
(4) よって、承継的共同正犯は成立しないので、第一行為の結果を丙に帰責させることはできない。したがって、Aの死亡という結果につき甲乙との共同正犯は成立しない。
4
(1) そこで、同時傷害の特例(207条)により丙にAの死の結果を帰責できないか。
(2) 207条の趣旨は、同時に暴行した場合の行為と傷害結果の因果関係の立証は困難であるから、挙証責任を転換して共犯関係を擬制する点にある。そして、この趣旨は傷害罪の結果的加重犯である傷害致死の場合にも妥当する。
(3) 甲乙丙の各暴行はAに傷害結果を生じさせ得るものであった。また、第一行為と第二行為は場所的・時間的近接性が認められるので同一の機会に行われたといえる。
(4) よって、丙はAの死亡結果につき責任負う。
5 以上より丙は傷害致死罪の罪責を負い、傷害罪の限度で甲乙と共同正犯となる。なお、甲の場合と同様、乙の過剰防衛による刑の減免の効果は丙に及ばない。
答案例2
第1 乙の罪責
1 乙が甲と共にAを殴りつけた行為(第一行為)と、丙と共にAを殴打した行為(第二行為)に傷害致死罪(205条)の共同正犯(60条)が成立するか。
2
(1) 共謀は順次行われた場合も認められると解する。
(2) 乙は第一行為時に甲から「一緒に反撃しよう」と言われて、了承したので甲との共謀がある。また、第二行為時に丙が乙の殴打行為に加勢していたことを認識したうえ、丙の行為をとめることなく、殴打行為を継続しているので黙示の現場共謀があったといえる。
(3) よって、乙甲丙に順次共謀が認められる。
3 第一行為及び第二行為は人体の枢要部であるAの頭部を、頭部より硬い木の棒で殴りつけているいので、Aの生理的機能を害する恐れがある。よって、傷害罪の構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、実行行為がある。
4 Aはその結果脳損傷により死亡したので結果及び因果関係が認められる。
5
(1) 乙にはAに対する傷害の故意は認められるが、死亡結果に対して過失はない。そこで、傷害致死罪が成立する場合に死亡結果への過失は必要か。
(2) 基本犯たる傷害の行為において、死亡という重い結果を生じさせる類型的で高度な危険がある。よって、加重結果に過失は不要であると解する。
(3) よって、乙に上記行為の故意が認められる。
6
(1) 乙に正当防衛(36条1項)が認められるか。
(2)
ア Aは乙に殴りかかっていたので、法益侵害が現に発生したといえ、「急迫不正の侵害」が認められる。
イ 乙には「自己の」身体という「権利」に対する侵害があった。
ウ 乙はAの侵害を認識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態であった。よって、乙の行為は「防衛するため」にした行為と言える。
エ しかし、乙はAの素手の攻撃に対し、木の棒で殴りつけている。そして、Aが路上に倒れ込んだ後も引き続き木の棒で多数回殴りつけている。Aが倒れた時点で逃げ、警察に通報することが可能であるから、Aの行為は相当性に欠ける。
(3) 以上より正当防衛は成立しない。
7 以上より乙は傷害致死罪の罪責を負い、後述の通り甲丙と傷害罪の限度で共同正犯となる。また、乙の刑は減免しうる(36条2項)。
第2 甲の罪責
1 第一行為及び第二行為につき甲に傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2 前述の通り、甲に傷害罪の実行行為、結果、因果関係、故意が認められる。
3
(1) もっとも、甲にAの死亡の結果を帰責させるには、第一行為及び第二行為いずれにも乙との共謀が認められる必要がある。前述のとおり第一行為時には甲乙の共謀があった。そこで、第二行為時に乙との共謀が認められるか。
(2) 第一行為後、Aは路上に倒れ込んでいるので、Aによる侵害行為は終了している。そこで、第二行為時に甲乙に共謀があったかを判断するには、第二行為時に甲がAへの反撃という乙との共同意思から離脱したかではなく、第二行為時に甲乙に新たに共謀が成立したかで判断すべきである。
(3) 甲乙との間に第二行為時に新たな共謀が成立した事情はない。
(4) よって、第二行為につき甲乙に共謀は認められない。したがって、共同正犯の成立を理由に甲にA死亡の結果を帰責することはできない。
4
(1) そこで、同時傷害の特例(207条)により甲にAの死の結果を帰責できないか。
(2) 207条の趣旨は、同時に暴行した場合の行為と傷害結果の因果関係の立証は困難であるから、挙証責任を転換して共犯関係を擬制する点にある。そして、この趣旨は傷害罪の結果的加重犯である傷害致死の場合にも妥当する。
(3) 甲乙丙の各暴行はAに傷害結果を生じさせ得るものであった。また、第一行為と第二行為は場所的・時間的近接性が認められるので同一の機会に行われたといえる。
(4) よって、甲はAの死亡結果につき責任負う。
5
(1) もっとも、甲に正当防衛(36条1項)が認められるか。
(2)
ア 前述と同じく「急迫不正の侵害」がある。
イ 甲には「自己の」身体という「権利」に対する侵害があった。
ウ しかし、甲は「この機会を利用してAに怪我を負わせてやろう」と考えていたので、Aに対する積極的加害意思が認められる。よって、「防衛するため」とはいえない。
(3) 以上より正当防衛は成立しない。
6 以上より甲は傷害致死罪の罪責を負い、乙と傷害罪の限度で共同正犯となる。なお、過剰防衛(36条2項)は「防衛するため」という要件が認められることが前提である。よって、甲には過剰防衛は認められない。また、過剰防衛の任意的減免の根拠は責任減少にあると解され、責任は個別に判断すべきである。よって、乙の過剰防衛による刑の減免の効果は甲に及ばない。
第3 丙の罪責
1 第一行為及び第二行為につき丙に傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2 前述のとおり共謀、実行行為、結果、結果への因果関係、故意は認められる。
3
(1) 丙にAの死亡結果を帰責させるには第一行為の結果を丙にも帰責させる必要がある。そこで、第一行為からの承継的共同正犯が成立するか。
(2) 共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、共犯者が相互に相手の行為を利用補充して犯罪を行う点にある。そこで、承継的共同正犯が成立するには、共謀後の後行者が先行者の行為及び結果を自己の犯罪の手段として利用する意思の下、先行者に加担し、その手段として利用すること、すなわち相互利用補充関係が認められることが必要であると解する。
(3) 丙が第一行為を自己の犯罪手段として利用した事実はない。
(4) よって、承継的共同正犯は成立しないので、第一行為の結果を丙に帰責させることはできない。したがって、Aの死亡という結果につき甲乙との共同正犯は成立しない。
4
(1) そこで、甲の場合と同様に同時傷害の特例(207条)により丙にAの死の結果を帰責できる。
(2) よって、丙はAの死亡結果につき責任負う。
5 以上より丙は傷害致死罪の罪責を負い、傷害罪の限度で乙と共同正犯となる。なお、甲の場合と同様、乙の過剰防衛による刑の減免の効果は丙に及ばない。
解説
答案例2では乙の罪責において第一行為と第二行為が一連の行為であることを前提に論じている。
しかし、甲の罪責においては第一行為と第二行為を分断して論じている。よって整合性が取れない可能性がある。
乙の罪責においても、第一行為と第二行為を分断すれば、第一行為は正当防衛成立し、第二行為は傷害罪が成立する。そうなると第一行為は傷害罪が不成立となり、第一行為で甲との共同正犯も成立しなくなる。