答案例
1 本件条例は理容師が洗髪するための給湯可能な設備(以下、「洗髪設備」という。)を設置しないで営業する自由を侵害し、違憲ではないか。
2
(1) 22条1項は職業選択の自由を保障しているところ、自己の選択した職業を遂行する自由も同項で保障されなければ無意味であるから、営業の自由も同項で保障されると解する。
(2) また、理容所は本来大掛かりな設備投資をせずに開設できる施設である。しかし、洗髪設備の設置には給排水工事が必要であるから、本件条例により高額な設備投資を強制される。そうであれば上記自由は理容所における営業の自由と密接に関わるものである。
(3) よって、上記自由は営業の自由の一環として保障される。
3 そして、洗髪設備のない理容所は、本件条例に基づいて理容所の閉鎖を命じられる可能性があるので、上記自由に対する制約がある。
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(1) もっとも、上記自由は無制約に認められるものではなく、公共の福祉(22条1項)による制約を受ける。そこで、上記制約が公共の福祉による制約として正当化されるか。
(2)
ア 上記自由は各人が個性を全うすべき場を提供する点で、個人の人格的価値と不可分の関連を有する(自己実現の価値)。しかし、上記自由はその性質上社会的相互関連性を有するものであるから、公権力による規制の要請が強く、制約の必要性が内在する権利である。
イ 前述の通り本件条例により理容所の閉鎖を命じられる可能性がある。また、新規に理容所を開設する場合には洗髪設備を設置しなければならないので、理容所開設の参入障壁が増える。よって、規制態様は強度である。
ウ なお、制約目的を消極目的と積極目的に二分する考え方があるが、制約目的がいずれの要素も含む場合が多々あるので、単純な二分論は採用できない。もっとも、積極目的のみであれば、立法府の裁量を尊重すべきである。本件条例は洗髪設備のない安価な理容所の設置に伴い、売り上げが減少した既存業者の保護を図るという動機の下に制定されたものである。よって、積極目的規制とも思える。しかし、理容師法1条は公衆衛生の向上を目的としている。また、同法12条1号から3号をみると、理容所の衛生状態を向上させる措置が列挙されてある。そして、同法4号も「衛生上必要な措置」と規定している。そうすると、理容師法から既存業者の保護という目的は読み取ることはできない。よって、理容師法12条4号の委任を受けた本件条例の目的は消極目的であると解される。
(3) そこで、中間審査基準で判断すべきである。具体的には目的が重要で、手段が目的との関係で効果的で過度なければ正当化される。
(4)
ア これを本問において検討する。本件条例の目的は洗髪設備の設置を義務付けることで理容所の清潔を維持して、客から客への菌の感染を防ぐ点にある。特に小さい子供は十分な免疫が付いていないことが多いので、そのような子供の周辺設備は清潔にする必要性が高い。よって、理容所利用の際の菌の感染を防ぐことは国民の生命身体の安全の保護に資するといえるから、目的は重要である。
イ 洗髪設備を設置することで、散髪した者の髪を水で洗うことができるので、その衛生状態が保たれる。よって、上記目的達成のたに効果的であるので、目的に適合する。しかし、洗髪設備を設置して、客の清潔を保っても、理容所の設備・器具の衛生状態が悪ければ上記目的は達成できない。そこで、理容所の消毒や清掃を徹底させる制度を構築するという他の方法がある。さらに、定期的に理容所に衛星状態の確認をする検査を実施したり、その頻度を増やしたりする方法がある。そうであれば理容所の開設者にとって経済的負担の大きい洗髪設備の設置より、過度でない手段があるといえる。よって、手段が目的との関係で必要性が低い。
(5) よって、本件条例の制約は正当化されない。
5 以上より、本件条例は違憲である。
解説
制約される自由
本問において制約される自由とは何か。本答案例では「洗髪設備を設置しないで営業する自由」と設定した。これに対し、「営業の自由」と設定することも可能である。
前者の場合、制約があることは当然である。しかし、制約された権利が、そもそも憲法上保障された権利かという問題が生じる。すなわち、理容師が営業する自由は営業の自由として当然に保障されるが、理容師が「洗髪設備を設置しないで」営業をする自由も同様に憲法上保障されるかが問題となる。
これに対し、後者の場合、理容師が営業をする自由は憲法上当然に認められる。しかし、本件条例によってその自由が侵害されたかが問題となる。なぜなら、本件条例は理容師の営業そのものを禁止しているのではなく、「洗髪設備なしで」営業することを禁止しているからである。
前者の場合は「権利が保障されるか」を、後者は「権利に対する制約があるか」を丁寧に論述する。
規制目的
本問においては、本件条例の目的を確定させることが重要なポイントである。
立法の背景には既存業者の保護という積極目的があった。しかし、理容師法においては公衆衛生の向上などの消極目的規制しか読み取ることができない。
本答案例では本件条例を消極目的規制と認定している。これは、法令中から読み取れない立法目的は立法過程で審議されたとはいえないということを根拠にしている。
もっとも、本件条例を消極目的及び積極目的いずれも含むと認定することも可能である。ただし、この場合は答案の目的手段審査の段階で、2つの目的を意識して「あてはめ」を行う必要が出てくる。よって、受験対策上、複合目的と認定することは得策ではないだろう。