答案例
第1 殺人罪
1 甲が乙の首を絞めた行為(第一行為)に同意殺人罪(202条後段)が成立するか。
2 男性が同年代の女性の首を両手で締め付ければ女性の抵抗が及ばず息をしなくなる危険性が高い。また、甲が乙の首を絞めつけた時には乙は腹部にナイフを突き刺していたので、より容易に首を絞めつけて死亡させる危険性が高い。よって、第一行為は殺人罪の構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為であるから、実行行為が認められる。
3 乙は一家心中をしたい旨を繰り返し言っていた。また、第一行為の前には自己の腹部を刺したうえで、甲に「楽にして」と言っていた。よって、乙は自由な意思決定に基づいて甲に殺人を「嘱託」したと言える。
4 乙は死亡したので結果は認められる。
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(1) 第一行為と乙の死亡との間には甲による放火行為が介在しているので、因果関係が認められるかが問題となる。
(2) 因果関係は、結果発生を理由として重い違法性を肯定できるかの問題であるところ、一般予防効果達成の観点から行為の危険性が結果へと現実化した場合に行為に重い違法評価を加えることができると考える。そこで、因果関係は、①条件関係の存在を前提に、規範による行為統制の観点から②行為時に一般人が認識・予見しえた事情及び行為者が特に認識・予見していた事情を基礎事情として、行為の危険性が結果へと現実化した場合に認められると解する。
(3) 甲の第一行為がなければ乙は意識を消失することなく、中毒にならなかった(①充足)。殺人を行った者が証拠隠滅のために殺害現場を放火することは経験則上あり得ることであるから、一般人は予見しえたと言え、基礎事情に含まれる。そして、第一行為は乙が意識を消失するほど危険な行為であり、その結果乙は火災から逃げることができない状況にされた。また放火行為は第一行為の証拠隠滅が目的であるから、放火行為は第一行為に誘発されたと言える。よって、乙の死因は中毒死だが、第一行為は中毒死をさせる危険性を含んでいた(②充足)。
(4) したがって、因果関係は認められる。
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(1) 甲は第一行為の時点で乙が死亡したと思っていたが、実際は、乙はその後に一酸化炭素中毒で死亡していた。よって、死亡に至る因果経過につき、甲の主観と客観に錯誤がある。そこで、因果関係の錯誤が問題となる。
(2) 因果関係は客観的構成要件であるから、故意の認識対象となると解する。また、故意責任の本質は規範に直面し反対動機を形成できたにも関わらずあえて行為に及んだことへの道義的非難にある。そして、規範は構成要件として与えられている。そこで、因果関係が認められることにつき、主観と客観が同一の構成要件の範囲内で符合していれば故意が認められると解する。
(3) 客観においては、前述の通り因果関係が認められる。主観においては、甲が乙の首を絞める行為は死亡と言う結果をもたらす危険な行為であるから、行為の危険性が結果へと現実化したといえるので、因果関係が認められる。よって、因果関係が認められることが主観と客観で符合する。
(4) したがって、故意が認められる。
7 以上より、第一行為に同意殺人罪が成立する。
第2 現住建造物放火罪
1 108条の「人」は犯人以外の者を指すと解する。
2 甲が放火した時点で、甲は乙及び丙が死亡していると認識していたので、108条の構成要件事実の認識認容がない。よって、故意がない(38条2項)。
3 したがって、甲の放火行為に現住建造物放火罪(108条)は成立しない。
第3 他人所有非現住建造物放火罪
1 甲が灯油をまき、ライターで点火した行為(第二行為)に他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)が成立するか。
2 甲は灯油をまき、ライターで点火したので「放火」の実行行為がある。
3 その結果、甲宅は全焼したので「焼損」という結果及び因果関係が認められる。
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(1) 第二行為の時点では乙は生きていたので、甲宅には現住性(108条)がある。しかし、甲は乙が死亡したと思い第二行為をした。よって、認識した事実が主観と客観で異なる構成要件にまたがっている。そこで、抽象的事実の錯誤が問題となる。
(2) 前述の故意責任の本質によれば、規範に直面したかは構成要件の実質に着目して判断すべきである。そこで、異なる構成要件につき実質的重なり合いが認められる限度で故意責任が認められると解する。そして、この重なり合いは行為態様及び保護法益で判断する。
(3) 108条及び109条の保護法益はいずれも不特定多数人の生命・身体・財産という社会的法益である。よって、保護法益が共通する。また、行為態様はいずれも建物に放火することであるから、共通する。よって、109条1項の限度で重なり合いが認められる。
(4) なお、甲宅は住宅ローン会社の抵当権が設定されているので、他人所有とみなされる(115条、109条1項)。
(5) したがって、故意が認められる(38条2項)。
5 以上より第二行為に上記犯罪が成立する。
第4 死体遺棄罪
1 甲の第二行為により丙の遺体の表皮が損傷したので、「損壊」が認められる。
2 よって、死体損壊罪(190条)が成立する。
3 なお、甲が乙の遺体を損壊するつもりで放火した行為と、放火により乙を一酸化炭素中毒死させた行為には保護法益の共通性がないので、構成要件的重なり合いが認められない。よって、乙の周囲を放火した行為には乙への死体損壊罪の故意が認められない。
第5 証拠隠滅罪
1 甲は乙の殺人行為という「刑事事件」に関する証拠を放火により「隠滅」した。
2 よって、第二行為に証拠隠滅罪(104条前段)が成立する。
第6 罪責
甲は①同意殺人罪、②他人所有非現住建造物放火罪、③死体損壊罪、④証拠隠滅罪の罪責を負い、②③④は観念的競合(54条1項前段)となり、科刑上一罪となる。そして、この科刑上一罪と①は併合罪(45条前段)となる。
解説
ウェーバーの概括的故意
甲は、乙を首を絞めて殺し、放火することで証拠隠滅をするつもりであった。しかし、実際には乙は放火による一酸化炭素中毒で死亡した。この場合に首を絞める行為から放火行為までの全過程に故意が認められるかが問題となる。そして、これはウェーバーの概括的故意の問題と呼ばれる。
なお、ウェーバーの概括的故意は因果関係の錯誤の問題、すなわち主観的構成要件の問題である。よって、客観的構成要件である因果関係が認められることが前提となる。具体的には、甲が乙の首を絞めた行為と、乙の死亡との間に因果関係が認められることが前提となる。なお、ここでは甲が乙の首を絞めた行為を第一行為と、放火した行為を第二行為と呼ぶ。
仮に第一行為と、乙の死亡に因果関係が認められなければ、殺人未遂が成立するにとどまるので因果関係の錯誤の問題は生じない。この場合は第一行為に殺人未遂罪が、第二行為には過失致死罪が成立する。
本問において第一行為と、乙の死亡に因果関係を否定する結論もあり得る。しかし、この因果関係を否定すると因果関係の錯誤の論述をする必要がなくなる。よって、「試験対策上」は因果関係を認める方がよい。なぜなら、この問題を解く者の多くは因果関係の錯誤の問題と認識し、それについて論述すると思われるからである。多くの受験生が論述する論点に触れないことは試験対策上避けたい。
ところで、第一行為と第二行為を、殺人罪における一つの実行行為として認定できないかと考えた方もいるだろう。しかし、第二行為時には殺意がないので、第一行為と第二行為を併せて殺人罪の実行行為と認定することは妥当ではない。よって、第一行為を殺人罪の実行行為とし、第二行為を介在事情と認定することになる。なお、「早すぎた構成要件の実現」の問題(旧司法試験第1問など)と比較して学習するとこのあたりの理解が深まる。
因果関係
本答案例の因果関係を認めるための規範は、伊藤塾で提唱されている理論である。
因果関係の錯誤
本答案は、因果関係が故意の認識対象となると解する立場で論述している。なぜなら、因果関係は客観的構成要件であるからである。
そして、因果関係の錯誤については法定的符合説を前提に、主観と客観が殺人罪の構成要件という同一の構成要件内で符合(一致)していれば故意は阻却されないと解する。
ここで、「主観における因果関係」とは、行為者が思い描いていた因果の経過を認定し、それが殺人罪の因果関係として認められるかを論述することを意味する。なお、「客観における因果関係」については客観的構成要件の論述の際に丁寧に認定しているはずなので、主観的構成要件である故意論述の段階で改めて論述する必要はない。
罪数
本問では、放火行為、死体損壊行為及び証拠隠滅行為は、甲の1個の行為でなされている。よって、これらの行為の罪は法条競合か観念的競合となる。そして、これらの行為の罪はそれぞれ保護法益が異なるので、法条競合ではなく、観念的競合となる。
そして、これらの行為の罪と殺人罪は甲の1個の行為でされていないので、包括一罪か併合罪となる。そして、保護法益が異なり、甲の犯意も異なるので併合罪となる。