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刑法

平成24年予備試験 刑法論文

答案例

第1  
1 甲がX車をY車に衝突させた行為(第一行為)に乙に対する傷害罪(204条)が成立するか。
2 甲は第一行為により乙に頸部捻挫の怪我を負わせたので、乙の生理的機能を害したと言え、「傷害」が認められる。
3 また、甲には故意がある。
4  
(1) もっとも、甲は乙の承諾を得た上で第一行為を行っている。そこで、違法性が阻却されないか。被害者の承諾の成否が問題となる。
(2) そもそも違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害及びその危険性である。そこで、被害者の承諾に基づく行為が社会的に相当と認められれば違法性が阻却されると解する。
(3) 傷害罪の保護法益は個人的法益であり、上記行為時に乙は承諾することができる判断能力を有した上で承諾している。また、その承諾は外部に表示され、甲はこれを認識していた。しかし、その承諾は保険金をだまし取ることを目的としていた。また、自動車同士を衝突させる行為は付近の第三者を巻き込む危険性のある行為である。よって、第一行為は社会的に相当な行為とは言えない。
(4) よって、被害者の承諾を理由に違法性は阻却されない。
5 以上より、第一行為に上記犯罪が成立する。
第2  
1 第一行為にAに対する乙との傷害罪の共同正犯(60条)が成立するか。
2
(1) そもそも共同正犯の一部実行全部責任の根拠は相互利用補充関係の下、特定の犯罪を実現する点にある。そこで、①共同実行の意思、②共同実行の事実があれば共同正犯が成立すると解する。
(2) 甲は第一行為を計画し、乙に打ちあけ、乙は承諾した。しかし、乙は自傷の意思を有するだけであった。よって、乙につき特定の犯罪を実行する意思がない。また、第一行為につき傷害罪の故意がないので、Aに対する故意も認められない。したがって、共同実行の意思がない(①不充足)。
(3) よって、乙は第一行為につき上記犯罪の罪責を負わない。
3 甲は第一行為によってAに怪我を負わせたので、「傷害した」といえる。
4 また、第一行為は凍結した路面上で発生しているので、衝突の弾みに第三者を巻き込む危険性があった。よって、第一行為の危険性が結果へと現実化したと言え、因果関係がある。
5  
(1) もっとも、甲と乙は乙に怪我を負わせる故意しかなかった。そこで、Aに対する故意が認められるか。
(2) 故意責任の本質は規範に直面し、反対動機を形成できたにもかかわらずあえて行為に及んだことへの道義的非難にあり、規範は構成要件として与えられている。よって、主観と客観が同一の構成要件内で符合していれば故意は認められると解する。また、故意は構成要件の範囲で抽象化されるから、故意の個数は問題とならず、結果が発生した客体の個数分の故意犯が成立する。
(3) 乙とAは同じ「人」であるから、両者に対する傷害の故意は同一の構成要件内で符合する。
(4) よって、故意が認められる。
6 以上より、甲は第一行為につき傷害罪の罪責を負う。
第3  
1 甲と乙がBに保険金の支払いを請求した行為(第二行為)に詐欺未遂罪(250条、246条1項)の共同正犯が成立するか。
2 交通事故で慰謝料や休業損害が発生した事実は、保険金を支払う際に重要な事実である。よって、第二行為は財産的処分に向けて錯誤に陥らせる行為であるから、欺く行為がある。しかし、保険会社は錯誤に陥らなかった。また、甲乙に故意がある。
3 以上より、第二行為に上記犯罪が成立する。
第4  
1 丙は第一行為及び第二行為につき、共同正犯の罪責を負うか。
2  
(1) 前述の共同正犯の根拠より、①正犯意思に基づく共謀、②共謀に基づく他の共犯者の実行行為が認められれば共謀共同正犯が成立する。
(2) 丙は甲及び乙と保険金詐欺の共謀をした。また、得た保険金を三人で分けることとなっていたので正犯意思がある(①)。そして、甲及び乙が実行した(②)。
(3) よって、共同正犯が成立しうる。
3
(1) もっとも、丙に共謀共同正犯からの離脱が認められるか。
(2) 前述の共同正犯の根拠より、共謀共同正犯からの離脱が認められるかは相互利用補充関係が解消されたかで決まると解する。
(3) 丙は甲と乙異なり、自動車を手配していない。そして、丙の役割はX車に乗り、Y車に衝突させることであった。よって、丙が現場へ行かずに、電話で「俺は抜ける」ということで、丙の役割は一切全うできなかった。また、甲と乙は丙が嫌がっていることを認識していた。よって、物理的・心理的な相互利用補充関係が解消されたといえる。
4 よって、丙は上記行為につき上記犯罪の罪責を負わない。
第5 以上より甲は①乙に対する傷害罪、②Aに対する傷害罪、③詐欺未遂罪の共同正犯の罪責を負う。そして、①②は観念的競合(54条1項前段)となり、これらと③は併合罪(45条前段)となる。乙は詐欺未遂罪共同正犯の罪責を負う。丙はなんら罪責を負わない。

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