答案例1
第1 設問1(1)
1 ACは429条1項に基づく損害賠償責任を負うか。
(1) ACに任務懈怠があるか。
ア 弁当事業部門本部長Cは、弁当製造工場の責任者Dに食材の再利用という食品衛生法違反の行為を命じている。そして、355条の「法令」には会社を名宛人とする会社が遵守すべき法令も含まれると解する。よって、任務懈怠がある。
イ 取締役会は取締役の職務の監督義務を負う(362条2項2号)ところ、その構成員たる各取締役も他の取締役の監視義務を負うと解される。そのため、代表取締役Aは取締役Cの監視義務を負っていた。そして、AはDからCの再利用の指示につき相談を受け、Cの説明を聞いたにも関わらず、「衛生面には十分に気を付けるように。」と述べるだけで、再利用をやめるよう指示をしてない。よって、Aは本件再利用というCの違法行為を見逃しているので任務懈怠がある。
(2) ACに悪意又は重大な過失があるか。
ア 同項の趣旨は、会社が経済社会において重要な地位にあるところ、その活動が役員等の職務遂行に依存していることに鑑み、役員等の責任を加重して第三者の保護を図る点にある。そこで、「悪意又は重大な過失」は任務懈怠について存すれば足りると解する。
イ これを本件についてみると、Cは自ら再利用の指示をしているので悪意である。また、Aの上記対応からAには少なくとも重大な過失がある。
(3) そして、Cが本件再利用を指示せず、またAが本件再利用をやめさせていれば第三者Eらの食中毒は発生していなかったといえ、因果関係がある。
2 以上より、ACは上記責任を負う。
第2 設問1(2)
1 ACは429条1項に基づく損害賠償責任を負うか。Bが「第三者」に含まれるかが問題となる。
(1) 前述の同項の趣旨に鑑み、「損害」には直接損害のみならず、広く間接損害を含まれ、「第三者」には広く株主も含まれると解する。
(2) これを本件についてみると、ACの任務懈怠によりXが損害賠償責任を負い、その結果Xの破産手続がなされ、その株式が無価値となった。よって、株主Bに間接損害が生じた。また、Cに悪意が、Aに重大な過失がある。
2 以上より、ACは上記責任を負う。
第3 設問2
1 XとYは別個の法人であるから、YはXの債務を弁済する責任を原則負わない。もっとも、譲受会社は、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には譲渡会社の事業によって生じた債務を負う(22条1項)。
(1) そこで、本件XY間のホテル事業の売買は事業譲渡にあたるか。
ア 事業譲渡とは、一定の事業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し、譲渡人のその財産によって営んでいた事業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡人が法律上当然に21条の競業避止義務を負うものを指す。
イ これを本件についてみると、Yは、Xのホテル事業に係る資産と従業員という、Xの財産の重要な一部を継承し、Xのホテル事業というXの事業的活動の一部を継承している。そして、Yは競業避止義務を負う。
ウ よって、本件売買は事業譲渡である。
2 そうだとしても、YはXの商号を続用していないので22条1項の責任を原則負わない。もっとも、YはXの「甲荘」というホテルの名称を続用している。そこで、同項が類推適用されないか。
(1) 同項の趣旨は商号の続用があれば同一事業主体による事業が継続しているものと信じたり、事業主体の変更があったが、事業によって生じた債務につき事業を承継した者にその債務が承継されたと信じたりすることは無理からぬものであるという点にある。そしてかかる趣旨は事業主体の名称が続用された場合にも妥当するから、名称続用の場合には同項が類推適用されうると解する。
(2) よって、Xのホテル事業の名称を続用したYは同項の責任を負うとも思える。
(3) しかし、XのEらに対する債務はホテル事業とは直接関係のない弁当の製造販売事業から生じた損害賠償債務である。よって、かかる債務は「事業によって生じた債務」ではない。
3 以上より、XのEらに対する債務につき、22条1項は適用されず、Yは責任を負わない。
答案例2
第1 設問1小問1
1 Cの責任
(1) 「役員等」である取締役Cは429条1項の責任を負うか。
(2)
ア 「第三者」であるEらはX社の製造した弁当を食べたことに起因する食中毒の被害を被っている。
イ (任務懈怠)
Cは弁当事業部門本部長として食材の再利用を、工場の責任者に指示していた。Cはその立場上、食品の安全性を十分に管理する義務がある。よって、Cの指示は善管注意義務(330条、民法644条)及び忠実義務(355条)に違反する。また、Cの指示による再利用の結果、食中毒が発生しているので、X社食品衛生法違反はCの行為に起因する。よって、任務懈怠がある。
ウ (悪意・重過失)
429条の趣旨は取締役の会社における重要な地位及び会社の社会に対する重大な影響を鑑み、会社債権者の保護のため取締役に特別の責任を負わせたものである。そこで、悪意・重過失の対象は任務懈怠にあれば足りると解する。本件ではCは自ら再利用を指示しているので悪意である。
(3) 以上より、CはEらに対し、429条1項に基づく損害賠償義務を負う。
2 Aの責任
(1) 「役員等である」代表取締役Aは429条1項の責任を負うか。
(2)
ア (任務懈怠)
AはDから再利用につき相談を受けた際、Cに対し、口頭で指示をしただけであった。前述の通り、再利用は任務懈怠にあたるので、取締役として監督義務(362条2項2号)を負うAは、Cが再利用をやめるよう指示し、さらに、再利用をやめたかを確認する義務があった。しかし、Aはそれを怠ったので、善管注意義務・忠実義務違反がある。よって任務懈怠がある。
イ また、任務懈怠につき悪意があり、第三者Eへの損害及び因果関係もある。
(3) よって。AはEらに対し、429条1項の損害賠償義務を負う。
第2 設問1小問2
1 A及びCは429条1項の責任を負うか。
2
(1) 「第三者」に株主が含まれるか。
(2) 前述の趣旨より、第三者は広く解すべきである。そこで、株主を含むと解する。
(3) もっとも、間接損害については株主代表訴訟で会社の損害を填補できる。そこで、株主の損害は直接損害に限ると解する。
3 本件ではX社に破産手続きが開始し、株式の価値がなくなり、その結果Bに損害が生じている。よって、Bの損害は間接損害である。
4 よって、ACはBに対し、429条1項の責任を負わない。
第3 設問2
1 Y社は22条1項に基づき損害賠償責任を負うか。
2
(1) 「譲渡会社」であるX社と、「譲受会社」であるY社はホテル事業の事業譲渡をした。
(2)
ア もっとも、Y社はX社の「商号」を引き続き使用していない。そこで、名称を使用した場合に22条1項が類推適用できるか。
イ 22条1項は、事業譲渡があり、商号が続用された場合、譲渡会社の債権者が、同一の事業主体による事業が継続されていたり、譲渡会社から譲受会社に債務引き受けがされていたりすることを誤信する場合に、債権者を保護する規定である。そこで、この趣旨は名称の続用の場合にも妥当する。よって、同一の事業主体と誤認する名称の続用の場合には22条1項の類推適用ができると解する。
ウ ホテルではホテル名が建物に大きく掲示されていることが多く、ホテル名が同一であれば同一の事業主体と誤認する恐れがある。よって、本件は類推適用の余地がある。
(3)
ア そこで、「事業によって生じた債務」といえるか。
イ 前述の趣旨より、「事業」とは、続用する名称にかかる事業と同一事業である場合に、限定されると解する。
ウ Eらに対する債務は弁当製造業によって生じた債務である。また、弁当製造業とホテル事業を同一の事業主体と判断させるような事情はない。
エ よって、事業によって生じた債務とは言えない。
3 以上より、Y社はEらに対し、責任を負わない。