答案例
1 本件では起訴までに4年経過しているので、遺失物横領罪が成立した場合、公訴時効が完成しており、訴訟条件を欠く。これに対し、本件訴因では訴訟条件を具備する。そこで、裁判所は訴訟条件の具備をいかに判断すべきか。訴訟条件の存否につき、訴因と裁判所の心証のいずれを基準とすべきかが問題となる。
(1) 当事者主義的訴訟構造(256条6項、298条1項、312条1項)の下、審判対象は検察官の主張する具体的犯罪事実たる訴因であると解する。そして、訴訟条件は実体審判の前提条件であるから、実体審判と同様に訴因を基準に判断すべきと解する。
(2) これを本件についてみると、訴因である窃盗を基準に判断すれば、訴訟条件は具備されている。
(3) よって、訴因たる窃盗罪につき実体裁判すなわち、無罪(336条)の言い渡しをすべきであるとも思える。
2 では、検察官が窃盗から遺失物横領へ訴因変更請求(312条1項)をした場合、いかにすべきか。
(1) 裁判所は、「公訴事実の同一性」を害しなければ訴因変更請求を許可しなければならい。そこで、本件訴因変更が「公訴事実の同一性」を害しないといえるか。
ア 前述のとおり審判対象は訴因であるから、「公訴事実の同一性」とは訴因変更の限界を画する機能的概念に過ぎず、その意義は訴訟の一回的解決の要請と被告人の防御権確保の要請の調和の観点から決せられるべきである。そこで、「公訴事実の同一性」の判断は、新旧両訴因に記載されてある罪となるべき事実が両立する場合は単一性の有無で、両立しない場合は狭義の同一性の有無で判断する。
イ これを本件についてみると、同一の機会の同一の被害品に対する窃盗と遺失物横領が併存することはありえないので、新旧両訴因は両立しない。また、基本的事実関係の同一性が認められるので狭義の同一性がある。
ウ よって、本件訴因変更は「公訴事実の同一性」を害しない。
(2) しかし、遺失物横領罪の起訴は前述の通り公訴時効の経過(250条2項6号、刑法254条)したものになる。そこで、訴訟条件を欠く不適法訴因への変更請求として認められないのではないか。
ア 当事者主義的訴訟構造の下、訴因の設定・変更は検察官の専権である。そして、かかる変更請求の目的は、将来の実体審判のためである。よって、かかる変更請求は原則認められるが、将来の実体審判が不可能な場合には例外的に認められないと解する。
イ これを本件についてみると、遺失物横領への訴因変更請求を認めると「時効が完成した」(337条4号)といえ、形式裁判である免訴判決が出される。そして、一事不再理効の趣旨が被告人への二重の危険を防止する点にあるから、形式裁判には原則一事不再理効(憲法39条)が及ばない。しかし、刑訴法が免訴判決を無罪と同様に扱っている(183条、435条6号)ことに鑑み、免訴判決には一事不再理効が及ぶと解する。そうであれば検察官が本件訴因につき再訴することは一事不再理効により許されないので、将来の実体審判が不可能である。
ウ よって、かかる変更請求は認められない。
(3) 以上より、窃盗罪につき無罪判決を出すべきである。
3 これに対し、検察官の訴因変更請求がない場合に、裁判所はいかにすべきか。
(1) 現状のまま裁判所が遺失物横領を認定することが許されるか。訴因変更の要否が問題となる。
ア 前述のとおり審判対象は訴因であるから、事実に変化があった場合に訴因変更が必要であると解する。もっとも、些細な事実の変化の場合にも常に訴因変更が必要であるとするのは現実的でない。そこで、一定の重要な事実に変化があった場合に変更が必要であると解する。そして、訴因を特定(256条3項)する趣旨は裁判所の審判対象を画定する点(識別機能)及び被告人に防御の範囲を示す点(告知機能)にあるところ、訴因が他の犯罪事実と識別できれば被告人の防御の範囲が明確になり、告知機能が実現されたといえる。よって、識別機能が第一次的機能といえる。そこで、審判対象の画定に必要な事項に変更があれば訴因変更が必要と解する。
イ これを本件についてみると、窃盗と遺失物横領は行為態様が構成要件を異にするほど異なるので、審判対象の画定に必要な事項に変更があるといえる。
ウ よって、訴因変更が必要である。
(2) もっとも、不適法訴因への変更命令をする権限があるか。なお、前述と同じく「公訴事実の同一性」は害されない。
ア 訴因の設定・変更は検察官の専権であるから、訴因変更命令(312条2項)は例外的な規定である。よって、かかる権限を越えて、不適法訴因への変更命令までも認めるべきではない。
イ よって、かかる変更命令は認められないと解する。
(3) 以上より裁判所は窃盗罪につき無罪判決を出すべきである。