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刑事訴訟法

昭和60年旧司法試験 刑事訴訟法論文第2問

答案例

第1 設問1
1 裁判所は検察官の請求があるときは公訴事実の同一性を害しない限度で訴因変更を許さなければならい(312条1項)。そこで、本件訴因変更請求は「公訴事実の同一性」を害しないといえるか。
(1) 当事者主義的訴訟構造(256条6項、298条1項、312条1項)の下、審判対象は検察官の主張する具体的犯罪事実たる訴因である。そうだとすれば、「公訴事実の同一性」とは訴因変更の限界を画する機能的概念に過ぎず、その意義は訴訟の一回的解決の要請と被告人の防御権確保の要請との調和の観点から決すべきである。そこで、「公訴事実の同一性」の有無は、両訴因に記載されてある罪となるべき事実が両立する場合は単一性の有無で、両立しない場合は狭義の同一性の有無で判断すべきである。
(2) これを本件についてみると、旧訴因と新訴因は同一の交通事故につき過失を基礎づける事実に相違があるだけであるから、両訴因は非両立であり、基本的事実関係が同一である。よって、狭義の同一性がある。
(3) 以上より、本件訴因変更は許されるとも思える。
2 もっとも、裁判所が当初の訴因につき有罪の心証を抱いているので、裁判所は訴因維持命令をすべきではないか。訴因維持命令義務の存否が問題となる。
(1) 裁判所は訴因変更命令をすることができ(312条2項)、訴因維持命令と訴因変更命令は表裏をなす関係にある。よって、裁判所は312条2項類推適用により訴因維持命令を出す権限がある。
(2) そうだとしても、当事者主義的訴訟構造の下、訴因の設定・変更は検察官の専権であるから、裁判所には原則訴因維持命令を出す義務はない。そして、訴因変更をすべきでない場合には裁判所は求釈明(規則208条1項)によって検察官に訴因変更請求の取下げを促すべきである。もっとも、真実発見(1条)の見地から、旧訴因が重大犯罪であり、証拠が明白な場合には裁判所は訴因維持命令を出す義務があると解する。
(3) これを本件についてみると、自動車運転過失致死罪は被害者が死亡している重大犯罪である。また、裁判所は旧訴因につき既に有罪の心証を抱いていたので、証拠が明白である。
(4) よって、裁判所は訴因維持命令を出す義務あるから、かかる措置をとるべきである。
3 そうだとしても、検察官は訴因維持命令に拘束されるか。
(1) 「命ずることができる」(312条2項)の文言上、訴因変更命令には形成力はないと解されるので、訴因維持命令にも形成力はないと解する。
(2) よって、検察官は裁判所の訴因維持命令に拘束されない。
第2 設問2
1 前述と同じく本件訴因変更請求は「公訴事実の同一性」を害しないため、認められると思える。しかし、設問の状況に鑑み、裁判所は一定の措置を執るべきでないか。
(1) この点、訴因変更により被告人の防御に実質的に不利益を生ずる場合には、裁判所は被告人の防御の準備のために必要な期間、公判を停止しなければならない(312条4項)。
(2) これを本件についてみると、旧訴因は一時停止を怠ったことを示していたので、被告人はブレーキを踏むという脚の動作に関する防御に集中していたと考えられる。しかし、新訴因は前方不注視を示しているので、被告人は目がある頭部の動作に関する防御を行わなければならない。
(3) よって、被告人の防御に実質的に不利益を生じ、公判を停止するべきである。
2 それに加えて、本件訴因変更は公訴権濫用(規則1条2項)として無効にならないか。
(1) そもそも訴因特定の趣旨は裁判所に審判対象を画定し、被告人に防御の範囲を示す点にある。そのため、被告人の防御活動は訴因の設定・変更に大きく左右される。よって、検察官は訴因変更の権限を誠実に行使すべきであり、この濫用は許されない(規則1条2項)。そして、訴因変更が公訴権濫用になるのは、審理の経過、被告人の防御への影響など諸般の事情を考慮して、被告人の防御に著しい負担を強いる場合であると解する。
(2) 本件では長期にわたる審理がなされ、結審が間近な段階にあり、裁判所が無罪の心証を固めていた。また、前述のとおり本件訴因変更により被告人は防御に関して不利益を被る。
(3) よって、本件訴因変更は被告人の防御に著しい負担を強いるので、公訴権濫用により無効である。
3 以上より裁判所は訴因変更を許可しない措置をとるべきである。

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