答案例
1 本件調書によって甲と乙の共謀の事実を立証する場合は厳格な証明(317条)が必要である。なぜなら、かかる事実は刑罰権の存否及びその範囲を画する事実、すなわち主要事実だからである。そこで、本件調書に証拠能力があるか。伝聞証拠の意義が問題となる。
(1) 伝聞証拠の証拠能力を原則否定する(320条1項)という伝聞法則の趣旨は、伝聞証拠は反対尋問による吟味や裁判官の供述状況・態度の直接視認・観察がなしえない点にある。すなわち、供述証拠は知覚・記憶・叙述の過程を経て証拠化されるところ、各過程のいずれにも誤りが混入する恐れがある。そこで、宣誓及びこれに伴う偽証罪による処罰告知がなされる公判期日において、反対尋問による吟味及び裁判官による供述状況・態度の直接視認・観察によって、供述内容の真実性を判断する必要がある。しかし、伝聞証拠はかかる方法による判断ができないので、証拠能力が否定される。よって、伝聞証拠にあたるか否かは、反対尋問等で供述内容の真実性を判断する必要があるか、すなわち要証事実との関係で相対的に決せられると解する。つまり、伝聞証拠とは公判期日外の供述を内容とする証拠で、供述内容の真実性を立証するために使用・提出される証拠を指すと解する。
(2) これを本件についてみると、公判期日外の供述を内容とする証拠である本件調書によって、立証する事実は甲及び乙の共謀の事実であるから、本件調書の「甲に頼まれて丙を射殺した。」という内容の真実性を立証するために本件調書は提出される。
(3) よって、本件調書は伝聞調書にあたり、被告人の同意(326条1項)がない限り原則証拠能力が否定される。
2 もっとも、本件調書は伝聞例外(321条以下)にあたり、証拠能力が認められないか。
(1) 甲にとって乙は第三者であるから、仮に甲及び乙が共同被告人であっても、本件調書の伝聞例外該当の有無は321条1項2号で検討する。
(2) 乙が公判廷であいまいな供述をした事情は同号前段の要件に該当するか。
ア 同号前段は供述者が公判廷で供述できない場合の例示列挙であると解する。そして、供述者があいまいな供述をし、誘導尋問(刑訴規則199条の3第3項3号)によっても改善されない場合や、あいまいな供述により事実上供述を拒否する場合は、同号前段の場合と同様に解すべきである。
イ よって、かかる場合のいずれかに該当すれば同号前段の供述不能事由に該当する。
(3) また、明文規定はないが、検察官が一方当事者であることに鑑み、同号前段の場合には特信情況の存在が要求される。
(4) 以上より、供述不能事由があり、かつ特信情況が認められれば同号前段の要件を充足し、証拠能力が認められる。
3 そうだとしても、本件調書の内容は乙が自己の犯罪事実の主要部分を認める供述、すなわち自白であるところ、かかる自白で甲を有罪とすることができるか。共犯者の自白と補強法則(憲法38条3項、319条2項)の関係が問題となる。
(1) 補強法則は自由心証主義(318条)の例外であるから、補強法則の適用は厳格に判断すべきである。そこで、共犯者の自白を証拠とする場合に他の証拠(補強証拠)は不要であると解する。なお、このように解すると自白した者が無罪となり、否認した者が有罪となる可能性があり、不合理とも思える。しかし、反対尋問に代わる信用性の情況的保障のある供述が自白より証明力が強いのは当然であるから、不合理とはいえない。
(2) よって、甲の有罪を認定するにあたり、本件調書を証拠採用した場合に補強証拠は不要である。
(3) もっとも、共犯者の一方が他方に対し責任転嫁や、犯罪行為へと引っ張り込みをする危険性が高いので、共犯者の自白の証明力の判断は慎重を期すべきである。