目次
人権の享有主体
問題の所在
憲法第3章の表題は「国民の権利及び義務」である。ここで、「国民」とは日本国籍を有する自然人であると解される。
※自然人とは、人間のことを指す。自然人という言葉は、法人と人間を区別する際に使用される言葉である。法人とはここでは会社をイメージする。法人については民法で学習する。
そこで、「国民」ではない者に憲法第3章の人権保障が及ぶかが問題となる。具体的には下記の人について問題となる。
- 法人(=自然人でない人)
- 外国人(=自然人だが、日本国籍を有しない人)
法人の人権
判例は、八幡製鉄事件(最大判 昭和45年6月24日)において、法人の人権について次のように判示した。
「憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用される」。
なお、この八幡製鉄事件は、八幡製鉄の代表取締役(=社長)が政党に政治献金をした行為の合憲性(憲法に違反するか否か)が争われた。(具体的には株主から損害賠償を請求された事案である。)
この事件で判例は、会社は政治的行為の自由の一環として、政党に対する政治資金の寄附の自由を有するとした。
【関連判例】
- 国労広島地本組合費請求事件(最判昭和50年11月28日)
- 南九州税理士会事件(最判平成8年3月19日)
- 群馬司法書士会事件(最判平成14年4月25日)
外国人の人権
判例は、マクリーン事件(最大判昭和53年10月4日)において、外国人の人権について次のように判示した。
「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであ」る。
マクリーン事件は、外国人であるマクリーンが在留期間の更新申請をしたところ、法務大臣がそれを拒否した事案である。
この事件で判例は、外国人には憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利は保障されていないとした。
【関連判例】
- 定住外国人地方参政権事件(最判平成7年2月28日)
- 地方公共団体の管理職選考に関する判例(最大判平成17年1月26日)
- 塩見訴訟(最判平成元年3月2日)
基本的人権の制約
公共の福祉
人権を享有できるとしても、無制限に認められるとは限らない。すなわち、人権は一定の制約を受ける。
なぜなら、自分の人権を主張することは、同時に他人の人権を侵害することにもなりうるからである。(例:他人の個人情報を開示請求(=知る権利を主張)すれば、他人のプライバシーの権利が侵害される。)
そこで、このような人権の衝突を調整するための「ものさし」や、その「ものさし」を使う根拠が必要となる。この「ものさし」やその根拠となるのが「公共の福祉」である。
「公共の福祉」という文言は、12条、13条、22条、及び29条に登場する。「公共の福祉」という言葉は漠然としているので、その意味を解釈する必要がある。この解釈に関する学説は次にのとおりである。
- 一元的外在制約説
- 内在・外在二元的制約説
- 一元的内在制約説
※学説とは学者が主張する言い分を指す。
一元的外在制約説
一元的外在制約説を採ると、「公共の福祉」は人権制約をする一般的原理と解される。そして、この原理は12条及び13条に基づくものとされる。よって、22条及び29条の「公共の福祉」は意味を持たないことになる。
一元的外在制約説では、12条及び13条の「公共の福祉」を根拠に人権制約が可能となる。また、「公共の福祉」という言葉は抽象的であるので、その具体的な中身は法律で規定することになる。そうすると、この説では法律によって、憲法で保障された人権が安易に制約できるということになってしまう。
一元的内在制約説
一元的内在制約説を採ると、「公共の福祉」は人権同士の衝突を調整するための実質的公平の原理と解される。そして、「公共の福祉」は人権内部に当然に内在しているので、憲法の条文に基づくものではないとされる。
よって、12条、13条、22条、及び29条の「公共の福祉」は、特別の意味を持たないとされる。すなわち、12条、13条、22条、及び29条の「公共の福祉」は注意規定に過ぎないことになる。
内在・外在二元的制約説
内在・外在二元的制約説は、「公共の福祉」が人権内部に当然に内在しているとする点で、一元的内在制約説と同じである。
しかし、一部の人権(経済的自由権など)は、22条及び29条の「公共の福祉」により人権制約を受けるとする。
よって、12条及び13条の「公共の福祉」は、特別の意味を持たず、注意規定に過ぎないとされる。
公務員の人権
公務員の性質
公務員は自然人であるから、人権保障が及ぶべきである。一方で、公務員の職務は公共性があり、その職務には中立性が求められる。
よって、公務員は非公務員より人権制約を受けることがある。具体的には、政治活動の自由(21条1項)及び労働基本権(28条)の制約である。
(なお、かつては特別権力関係理論で公務員の人権制約を正当化する考え方があったが、今日では特別権力関係理論は採ることはできない。)
公務員の政治活動
猿払事件
公務員の職務には中立性が求められるので、政治活動につき一定の制約を受ける。そこで、どの程度までこの制約が許容されるかが問題となる。
これに関して判例は、猿払事件(最大判昭和49年11月6日)において、次のように判事した。
「公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである」。
「合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。」
なお、猿払事件(最大判昭和49年11月6日)は、郵便局員が選挙用ポスターを掲示したことが、国家公務員法102条1項で禁止される、「政治的行為 」にあたるとして罰金刑を科された事案である。この事件では、「政治的行為 」(国家公務員法102条1項)を禁止する規定が21条に反しないかが問題となったが、判例は21条に反しないとした。
目黒事件
「政治的行為 」を禁止する国家公務員法102条1項の規定が21条に反しないとすれば、次に「政治的行為 」をどう解釈するかで公務員ができる政治活動の範囲が決まる。
「政治的行為 」(国家公務員法102条1項)の定義について、判例は目黒事件(平成24年12月7日刑集第66巻12号1337頁)で次のように判事した。
「『政治的行為』とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指」す。
目黒事件(平成24年12月7日刑集第66巻12号1337頁)は、社会保険庁職員が政党機関紙を配布した行為が、「政治的行為 」にあたるとして起訴された事案である。
この事案で判例は、当該職員の職務内容及び配布の行為に着目して、当該職員の行為は「政治的行為 」にあたらないと判示した。具体的には、下記の点が考慮された。
- 職務が管理職でない。
- 職務内容に裁量がない。
- 配布の行為が、職務とは無関係に行われた。
世田谷事件
目黒事件と似た事件で、世田谷事件がある。
世田谷事件(平成24年12月7日 刑集第66巻12号1722頁)は、厚生労働省課長補佐が政党機関紙を配布した行為が、「政治的行為 」にあたるとして起訴された事案である。
判例は、「政治的行為 」を目黒事件と同様に定義した上で、当該課長補佐の職務内容に着目して、当該課長補佐の行為は「政治的行為」にあたると判示した。具体的には、職務内容が管理職的地位に基づいてされるものであること等が考慮された。
公務員の労働基本権
公務員の職務は公共性があるので、労働基本権を全面的に認めることができない。そこで、どの程度までこの制約が許容されるかが問題となる。
判例は、全逓(てい)東京中便事件(最大判昭和41年10月26日)において、公務員の労働基本権の制約について厳格な基準を示した。なお、「厳格な基準を示す」とは、公務員の労働基本権を認める方向にあることを意味する。
しかし、全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日)において、「公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由がある」とし、争議行為を禁止した国家公務員法の98条5項、110条1項17号は憲法28条に反しないとした。
すなわち、最高裁判所は、公務員の労働基本権を認めない方向へ判例を変更した。
これは、公務員には次の事情があることに基づくものである(全農林警職法事件/最大判昭和48年4月25日)。
- 公務員の勤務条件は法律又は予算で決まるので、労使交渉で改善されるものでない。
- 私企業で労働者が過大な要求をすれば私企業が倒産して労働者自身の首を絞めることになる。よって、労働者の要求には市場の抑制原理が働く。しかし、公務員にはそのような抑制原理が働かないので、公務員の争議行為は一方的かつ強力なものとなる。
- 労働基本権の制約に対する代替措置(勤務条件の法定、人事院の勧告など)がある。
1について、民間企業であれば、雇い主が任意に勤務条件を変更することができるが、公務員の場合、勤務条件を変更するには国会の議決が必要であるから、労使交渉だけで済む話でないということである。
2について、民間企業であれば、労働者が過大な要求をすることで勤務先の業績が悪化し、勤務先が倒産する恐れがあるので、労働者は、ほどよいところで要求を打止めするが、公務員の場合、勤務先が倒産することはないので、要求に歯止めがきかないということである。
3について、公務員には民間企業と異なる労働者保護の制度があるということである。
被収容者の人権
被収容者とは、刑務所や留置場に収容された人を指す。なお、以前は「在監者」と呼ばれていた。
判例は、よど号ハイジャック新聞記事抹消事件(最大判昭和58年6月22日)において、被収容者の新聞の閲覧制限は、「監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があ」り、「必要かつ合理的な範囲にとどまる」場合は許されるとした。
なお、よど号ハイジャック新聞記事抹消事件(最大判昭和58年6月22日)は、旧監獄法に基づき新聞の閲覧制限を受けた被収容者が、閲覧制限を定めた同法の規定が憲法19条、21条に違反するとして損害賠償を求めた事案である。
※蓋然性とは、ある事が起きる見込みの程度を表現するものである。見込みの度合いは、必然性より低く、可能性より高い。必然性>蓋然性>可能性
【関連判例】
- 被拘禁者の喫煙禁止(最大判昭和45年9月16日)
未成年の人権
未成年者に対してはパターナリスティックな制約があるとされる。
パターナリスティックな制約とは、国が国民に対し後見的な立場で干渉することを指す。
具体的には次の制約がある。
- 飲酒の禁止
- 喫煙の禁止
- 有害図書の制限