違憲審査権
違憲審査の意義
81条は、最高裁判所が違憲審査権を有する終審裁判所であることを規定している。違憲審査とは、法律、命令、規則及び処分が憲法に適合するか否かを判断することで、違憲審査権とは、その審査をする権限である。また、終審裁判所とは、上訴ができない裁判所である。
81条の趣旨は、裁判所に違憲審査権を与えることで人権保障を担保することにある。例えば、国会の議決は多数決でされるので、少数派の人権を制約する立法がされる可能性がある。そこで、そのような場合には裁判所が憲法との適合性を判断し、法律を無効とすることができる。
違憲審査の性格
違憲審査をするための憲法上の仕組みを違憲審査制度という。そして、違憲審査制度には、抽象的違憲審査制と付随的違憲審査制がある。抽象的違憲審査制では、憲法裁判所が具体的な訴訟事件と離れて違憲審査を行う。これに対し、付随的違憲審査制では、具体的な訴訟事件の審理に付随して、裁判所が必要な限度で違憲審査を行う。
日本国では付随的違憲審査制のみが認められると解される。このように解される理由の1つが、81条が、日本国憲法の司法の章(第6章)に置かれていることである。すなわち、抽象的違憲審査においては、具体的事件を離れて法律などの合憲性を判断するので、その判断は司法権の行使とは言えない。よって、日本国憲法の司法の章(第6章)に違憲審査の根拠条文である81条が置かれてることから、違憲審査が付随的違憲審査制であると解釈できる。
違憲審査の主体
違憲審査権は最高裁判所だけでなく、下級裁判所にも認められる。なぜなら、付随的違憲審査制においては、違憲審査は司法権の行使の一環と解され、司法権を行使する下級裁判所にも違憲審査権を当然に認めるべきだからである。
違憲審査の対象
条約
81条に条約は挙げられていないが、判例は、条約も違憲審査の対象となる余地があると判示している(砂川事件/最大判昭和34年12月16日)。
立法不作為
立法不作為とは、国会が「ある法律」を作らないことである。立法権は国会に帰属するので、立法をするか、しないかは国会の権限であり、国会の裁量事項である。よって、立法不作為に対して裁判所による違憲審査を積極的に認めることは権力分立の観点から妥当ではない。
また、81条の文言上、違憲審査は既存の法律に対してのみ、事後的に及ぶと解釈することができる。
そこで、立法不作為について違憲審査が及ぶか、仮に及ぶとしてどの程度及ぶかが問題となる。これについてはまず、立法不作為にも違憲審査が及ぶと解すべきである。なぜなら、立法不作為の違憲審査は、「立法をしない」という国会の決定に対する事後的な審査といえるからである。次に、違憲審査が及ぶ程度について、立法不作為に対する違憲審査は、国民の人権が侵害されているなど、立法権の裁量の逸脱・濫用がある場合に限って認めるべきである。これは権力分立への配慮である。
【関連判例】
- 在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日)
- 在外日本人選挙権はく奪違法確認等請求訴訟(最大判平成17年9月14日)
国の私法行為
81条の趣旨は人権保障であるが、国と国民が任意に行う契約については、人権侵害が問題となることは想定しづらい。国と国民が任意に行う契約は私法行為と呼ばれる。
私法行為に対して違憲審査が及ぶかについては、百里基地訴訟(最判平成元年6月20日)がある。百里基地訴訟(最判平成元年6月20日)において判例は、私人と対等の立場で行う国の行為は、憲法98条1項の「国務に関するその他の行為」にあたらないと判事した。
【百里基地訴訟(最判平成元年6月20日)の判旨】
「国務に関するその他の行為」とは、・・・・法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、したがつて、行政処分、裁判などの国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範を定立する国の行為であるから、かかる法規範を定立する限りにおいて国務に関する行為に該当するものというべきであるが、国の行為であつても、私人と対等の立場で行う国の行為は、右のような法規範の定立を伴わないから憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しない」
審査方法
ところで、裁判における審理は事実認定から始まる。そして、事実の主張・立証責任は当事者にある。すなわち、当事者は紛争解決のために必要な事実を主張し、場合によってはその事実を証拠で証明する。この際に主張される事実を司法事実という。例えば、デモ行進を理由に逮捕・起訴された場合に、「どのようなデモ行進をしていたのか」、「デモ行進の許可を得ていたのか」などの具体的事実が、司法事実である。
違憲審査を行う訴訟(憲法訴訟)においては、司法事実に加えて立法事実を主張することがある。立法事実とは、法律の立法目的や、立法目的達成のための手段の合理性を判断する上で必要な事実である。例えば、デモ行進を制限する法律を作成する際に、「デモ行進が周辺の交通にどの程度影響を及ぼすか」、「その影響が市民にどの程度危険を生じさせるか」などの抽象的事実が、立法事実である。
憲法判断
憲法判断の回避
付随的違憲審査制の下では、具体的事件の解決に必要な限度で違憲審査が行われる。例えば、紛争解決にあたり、憲法上の争点に触れずに紛争を解決できるならば、そのようにして、違憲審査をできるだけ避けることがある。
なぜなら、裁判官は国会議員と異なり、民主的プロセスを経て選ばれていないので、法律の不備は国会議員による立法政策で是正することが望ましいからである。もっとも、制約される人権、違憲の程度などによっては裁判所が違憲審査をすることも必要である。
合憲限定解釈
合憲限定解釈とは、法律を可能な限り憲法の精神に即して合理的に行う解釈である。例えば、ある法律についてA解釈とB解釈が成り立つとする。そして、A解釈では違憲、B解釈では合憲となる場合、B解釈を採り違憲判断を避ける。また、公権力の行使がA解釈の下に行われていれば、公権力の誤った解釈という、法令違反の問題にして、違憲判断を避ける。
例えば、都教組事件(最大判昭和44年4月2日)において判例は、争議行為のあおり行為で起訴された者の裁判において、争議行為のあおり行為一般を刑罰の対象と解すれば、法令が違憲となる可能性があるとした。しかし、法令で禁止された行為を、「違法性の強い」争議行為のあおり行為と限定し、それを刑罰の対象と解した。これにより被告人を無罪にしつつ法令の違憲判断を回避した。
合憲限定解釈では立法者の意図とは違う法律の運用がされたり、解釈の域を超えて裁判所による立法がされたりする危険性が高い。そこで、合憲限定解釈は慎重に利用されるべきである。
違憲判断
裁判所が、法律などを憲法違反と解することを、違憲判断という。違憲判断には、法令違憲と適用違憲がある。
法令違憲
法令違憲とは、法令自体を違憲にする判断である。
過去の法令違憲判決・決定は次の通りである。
- 尊属殺重罰規定違憲判決(最大判昭和48年4月4日)
- 薬事法距離制限事件(最大判昭和50年4月30日)
- 衆議院議員定数不均衡訴訟(最大判昭和51年4月14日、最大判昭和60年7月17日)
- 森林法事件(最大判昭和62年4月22日)
- 郵便法免責規定違憲判決(最大判平成14年9月11日)
- 在外日本人選挙権はく奪違法確認等請求訴訟(最大判平成17年9月14日)
- 国籍法3条1項違憲判決(最大判平成20年6月4日)
- 非嫡出子相続分差別規定違憲判決(最大決平成25年9月4日)
- 再婚禁止期間違憲訴訟(最大判平成27年12月16日)
適用違憲
適用違憲とは、法令が具体的事件で適用される限りにおいて違憲とする判断である。
違憲判断の効力
違憲判断がなされると、違憲とされた法律などは効力を失う。そして、効力が失われる範囲に関して、一般的効力説と個別的効力説がある。
※なお、違憲判断が下されるのは法律だけではないが、ここではある法律に対して違憲判断が下されたことを前提に説明する。
一般的効力説
一般的効力説では、違憲とされた法律は一律無効となる。一般的効力説を採ると、国会の関与なくして法律が廃止されることになり、権力分立に反する。
個別的効力説
個別的効力説では、違憲とされた法律は、その判断がされた事件に限って無効となる。個別的効力説を採ると、違憲判断がされた事件以外ではその法律の効力は失われない。
通説
通説は、個別的効力説を前提に、違憲判断後は国会は速やかに法律を改廃し、内閣は法律の執行を停止し、検察は法律を根拠とした起訴をしないという措置を採るべきであるという考え方である。